徒然’ @美しいものを見ると豊かな気分になる

◆ 条件がいい日には、わが家のベランダから雲仙が見えます。

 わが家はマンションの11階で、雲仙の方向には高い建物もないので遠くまで見渡せます。条件が良ければ、海の彼方(→ 海と言っても、有明海)に浮かぶ美しい雲仙を見ることができます。

 私は、食堂からベランダ越しに雲仙を見ながら朝のコーヒーを飲むと豊かな気分になります。下界を見下ろす感じで美しい景色を見ていると豊かな気分になるのです。[#豊かな気分]

 もちろん、私は“ネスカフェ”でそんな気分になれるほど安直なタイプではありません(?)。奥さんが煎れてくれた“レギュラーコーヒー”でないとダメ。

ここ数日、雲仙が良く見えます。

 北部九州は中国からの“黄砂”や“PM2.5”の影響を強く受けてしまい、天気がいいだけでは雲仙は見えません。この季節は、空気が澄んでいるのだと思います。

 空気が澄んでいないと雲仙は見えないのです。雲仙が見えるのは、月に何回もはありません。春から夏場などは、雲仙はめったに見えません。

 天気がいいのに雲仙が見えないと、何か、損をしたような気分になってしまいます。これは、科学的ではないのですが、人の気分というのは不思議なものなのですね。

 空気が澄んでいるということは、実は、何かにつけて大切なことと思います。それと、普段から美しいものを見るようにしたいものです。そうすれば、いつも豊かな気分でいられます。

◆ 私の場合、美しいものを見たり聴いたりすると、豊かな気分になれます。

 それは雲仙だけではありません。“吉永小百合さん”さん的な上品で美しい女性を見ても、ビバルディの“四季”などの美しい音楽を聴いても豊かな気分になれます。

 ところが、私は、いくら有名な“絵”を見ても、絵では豊かな気分になれません。絵はそれなりの解釈力がないと感動できませんが、私は面倒な解釈が好きではないのですね。

 私は、天の邪鬼。その種の解釈は“屁理屈”だと思っています。芸術に解釈は不要。芸術は、単純に感動させられればいいのだと思います。[#感動]

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