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題... ゴルバチョフ氏は真の革命家

◆ 私も同感です。

~~< 以下 引用 >~~   ■ ゴルバチョフを憎むロシア国民...彼らが気付いていない、国に残された「遺産」 ⇒ https://www.newsweekjapan.jp/glenn/2022/09/post-87.php ■

<ペレストロイカとグラスノスチがソ連崩壊を招き、国のGDPを大幅に縮小させたと考える国民は多いが、ゴルバチョフの功績は今も国に生き続ける>

 1980年代初めに私がCIAで働き始めた頃、共産主義大国のソ連は恐ろしい巨大な帝国に見えていた。その後、ソ連の最高指導者が相次いで在任中に死去した。82年にレオニード・ブレジネフが死去し、ユーリー・アンドロポフが最高指導者に就任。ところが、84年にアンドロポフが死去し、その後を継いだコンスタンチン・チェルネンコも85年に死去した。

 その後、ソ連のトップに就いたのが、今年8月30日に91歳で死去したミハイル・ゴルバチョフだった。当時54歳のゴルバチョフは、歴代の最高指導者より若く、エネルギッシュなリーダーだった。

●開放的で近代的な社会を目指した

 ゴルバチョフの政治は、2つの政策が柱を成していた。「ペレストロイカ(改革)」と「グラスノスチ(情報公開)」である。

 しかし、これらの政策を推し進める過程でソ連は崩壊し、ただでさえ機能していなかったロシア経済はいっそう苦境に陥った。ロシア経済の状況が悪化するのに伴い、ロシアの人々の怒りの矛先がゴルバチョフに向けられるようになっていった。

 ゴルバチョフの悲劇は、自身が推進した改革によりソ連が崩壊し、自身も91年のクーデターにより権力の座を追われる結果になったことだ。大半のロシア人はソ連崩壊を招き、国のGDPを大幅に縮小させたことを理由に、ゴルバチョフの時代を「失敗」と見なしている。

 しかし、45年続いた冷戦を終わらせ、東ヨーロッパの9300万人を解放し、14カ国の旧ソ連構成国の1億5200万人に独立をもたらしたのは、ゴルバチョフにほかならない。

 ゴルバチョフの遺産は、間違いなく残っている。


◆ 私は、“自由”が嫌いな人はいないと思っています。たぶん、多くのロシア人もそうだと思います。

 ペレストロイカ的な“改革”では、従来からの利権の恩恵を受けていた人々にとっては、かなり大きなショックだったことは容易に想像できます。

 私は“マルクス”や“レーニン”の本を読んだことはありませんが、いわゆる“共産主義”という考え方は、国民みんなに平等な利権を与える考え方と思っています。[ #平等な利権 ]

 国民みんなが平等に利権をもらえますが、その代わりに、一定の範囲で自由が束縛される。でも、国民がそれでもいいのなら、それはそれでもいい。

 そんな考え方を根底から変えてしまったのがゴルバチョフ氏のペレストロイカでした。[ #ペレストロイカ ]

 軍事力に頼らずそれを成し遂げたゴルバチョフ氏の手腕に“そんなことが可能か”と驚いて、凄いリーダーシップだと感銘しました。[ #凄いリーダーシップ ]


◆ そう言う意味で、ゴルバチョフ氏がロシアの人々の心を解放してくれた遺産は残っていると思います。そんな思いは時間が経つほどに顕在化してくる。

 自由主義では“結果の平等”ではなく“機会の平等”が必要。結果は、あくまでも結果。多少の差があるのはむしろ自然なことで、完全な平等はありえません。[ #機会の平等 ]

 経済では、特に、みんなが自由で公平にチャンスがあることが大切なのです。

 さすがに、貧乏で食べるものにも困ったりとか、勉強する機会もないなどでは、これはダメ。しかしそれは、適切なセーフティネット的な政策でどうにでもできる。[ #セーフティネット ]

 自由主義は、みんなが切磋琢磨することが大切と思います。そうすることで、技術力や経済力を高められれば“社会的イノベーション”もでき、発展もできるのです。[ #社会的イノベーション ]


◆ ゴルバチョフ氏のペレストロイカは人々や属国を解放したところまでは良かったのですが …

 それは、人々にとっては獲得した自分の生活の利権を失うことにもなります。そして、利権を失うことはショックです。

 人々は失った利権の大きさにうろたえてしまったのですね。[ #利権の喪失 ]

 そして、ペレストロイカがあまりに急激で、その後の経済政策が不適切だったことも相まって、ペレストロイカは失敗だったと多くのロシア人が評価してしまいました。

 でも、時間は多少かかるとは思いますが、いずれ、ロシア人にもゴルバチョフ氏が人々の心を解放してくれた偉大さがわかると思います。

#コラム #ブログ #天眼流 #天の邪鬼 #共感工房

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