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おもいで-卒業式

小さい頃から、自分ひとりだけが取り残されるのが怖かった。

風邪でひとりだけ遊びに行けない日の家の中とか。

皆がすやすやと眠る中、自分ひとりだけが寝付けない修学旅行の夜だとか。


皆が何一つ苦労せずにできること。

そんな当たり前のことができず、ひとり取り残される。

その感覚が怖かった。



そして僕はこの瞬間、またひとり取り残されそうになっている。

今日は小学校の卒業式だ。

6年間過ごした小学校を今、まさに卒業しようとしている。

六年という月日はあっという間に流れ、気づけば心の準備もできぬまま、この日を迎えてしまった。

僕は今、ひとりものすごく焦っている。


今日は、

今日は卒業式だと言うのに

ちっとも涙がでてこない


大事件だ

ふつうのひとなら、なんの疑いなしに泣くはずなのだ。

テレビやマンガでみる卒業式のシーンでは、間違いなくみんな泣いている。

先生が配った学級通信にだって、ポップ体で大きく書かれたタイトルの脇には、卒業証書を手にして泣く子どもたちのイラストが印刷されている。

そうだ、卒業式では泣くのが当たり前なのだ。

なのになぜ、なぜおれは涙がでてこない?


卒業式で泣かないなんてことがあっていいのか?不謹慎じゃないのか?もしかして、おれにはふつうの人間の感覚が備わっていないのか?こんなところで泣けないでどうする?このままじゃ、両親が死んだときにも涙が出てこないんじゃないか?そんなことってある?


それとも涙も出ないほどおれの六年間とはうすっぺらいものだったのか?

そんなはずはない。

すぐさま僕は否定した。

思い起こせば、素晴らしい思い出の数々ーーーー



ベランダで虫眼鏡を使って黒い紙を燃やしまくって怒られたこと。

掃除の時間、あやまってトイレのドアを壊してしまい焦る僕をみて、頼りにしていたパートナーのおにいさんは真っ先に教頭にチクったこと。

友達が大事に育ててたカナヘビに無理やりミルワームを食べさせて窒息死させたこと。

ヤゴ飼育池にいるデカいアメリカザリガニであそんだこと。名前はたしかジャンボロデカチンチンーーーー



だめだちっとも泣けない



なにを考えているんだおれ、もっと卒業式にふさわしいおもいでとかあるだろ~~~~!!思い出せ、思い出すんだおれ~~~!!!


そんななか、壇上では卒業証書授与が着々と執り行われていた。

「イシヅカ ライキくん」

「...ふぁい!!」

見ると、ライキは鼻水をダラダラ流しながら泣いていた。



「....ぼくはっ.....おおきくなったらっ....ふぐぅっ....!」



おいライキ、おしえてくれ



「サッカー選手にっ....なりたいでうっ...!!」




おまえは今、何を思い出しているんだ?


すると何人かが、彼につられてすすり泣きをし始めた。

ますます自分だけが、取り残されていく感覚。

焦りだけが、どんどん加速する。

ダメだダメだ、もっと...もっと泣ける思い出はないのか!!


するとある光景が頭の中を駆け巡った。


満面の笑みで、草原を駆け抜けるおれ。

肩を組み、笑い合う友達。

夕日に向かい、将来の夢を叫ぶーーーーー


ついに、ありもしない記憶を作り出してしまった。

それでも涙はでてこない。


どうしよう。

焦りに焦った僕は、いよいよ形から入ろうとした。

そうだ、自分を泣いた気にさせればいいんだ!


「ううっ....!....ーーーッ、ふっ!ふぐうっ...!ゲホッ、グホオッ」


するとなぜか隣りに座っていた友達が泣き出した。

ふざけんな


そうこうしているうちに、卒業式はいよいよ終わりを迎えようとしていた。


「卒業生、起立!」


壇上に、指揮者と伴奏の女の子が上がった。

「旅立ちの日に」を歌えば、この卒業式も終わってしまう。


いよいよ僕は、泣くことができなかった。

ありとあらゆる手段を駆使してなこうとしたが、どれも無駄だった。

悲しくてしょうがない。泣きたい気分とはまさにこのことだが、それでも涙は出てこない。


指揮の子が、手を小さく振った。

ピアノの伴奏が聞こえる。その時だった。


目頭が、急に熱くなった。


えっ...?


視界は滲み、瞳になにか溜まっていくのがわかった。

とうとう瞳から流れだしたそれは、頬をつたった。

ポトッ。

つま先が、その衝撃を捉えた。

真っ白な上履きに、ねずみ色の斑点が広がっていく。


ポトッ、ポトッ。


もしかして、

もしかしておれ、


ないてる!?



なにも悲しくはなかった。

なにかに感動したわけでもなかった。



しかし僕は泣いた!

泣いたのだ!!!

みんなと同じように涙したのだ!!!!

僕は世界と!!!

再びこの世界と一つになる!!!!


保護者席最前列の女性と目が合う!誰かのお母さんだろうか!

ぼくは彼女に訴えるように泣いた!!!!目には涙!!!心は晴れやか!!!原因不明!!!!

彼女が怪訝そうな目で僕をみる!!しかし僕は構わない!!!

満面の笑みで、草原を駆け抜けながら夕日に向かい笑い合う友達!!!!

ありもしない思い出が頭のなかを駆け巡る!!!!!


ああ!!!!!

これは!!!!

この気持ちはなんだろう!!!!!!


あっ


ああっ!!!!!




あゝ無情

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