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なんでもない日にすき焼きを食べた

すき焼きは年に一度、大晦日の時にだけ振る舞われる高級品であった。実家は青森県の海沿いの街にあり、冬になると寒さよりも痛みに近い海風が吹く。暖房器具以外の方法で暖を取るために色々な鍋料理が食卓に顔を見せたが、すき焼きだけは年に一度きりの貴重な鍋料理だった。

実家を離れてからはすき焼きを食べる機会がなく、少なくとも5年ほどは口にしていなかったような気がする。そんなすき焼きだが、ここ数日で我慢ならないほど猛烈に食べたい衝動に駆られた。牛丼チェーン店の牛すきでもなく、コンビニにある冷凍の牛皿でもなく、自家製のすき焼きが食べたくなったのである。

数日前に職場のパートさんから卵をもらった。養鶏場を経営する知り合いから大量に卵をもらい、配り歩いているらしい。「よかったら」と言うので遠慮なくいただくことにした。少しでも食費が浮くばかりか、万能食材の卵が無料で手に入るのなら遠慮する理由はこれっぽちもない。

多くてもせいぜい4個か5個だろうと思っていたら、手渡されたのは10個入りの卵だった。スーパーで見かける一般的な卵パックではなく、丸型のプラスチック容器に綺麗に積み上げられて丁寧にネットで包まれていた。見るからに高そうな卵である。

味見をしようと割ってみると色の濃い大きな黄身が姿を見せた。溶き卵にして卵かけご飯にでもしようかと思ったが、溶いている間に飲みたい気持ちが強くなり、そのまま器から口に流し込む。濃厚な飲める卵だった。卵料理にするにはもったいないと思うほどだった。

そこからすき焼きが食べたいと思い続けていたのである。貰い物の卵を最大限活用するには溶き卵にしてすき焼きを食べるしかないと。

すき焼きは年に一度きり、それも大晦日だけの高級品だと思って育ったきた。しかし、そんな価値観は食べたいという衝動を前にあっさりと消え去った。欲に負けてなんでもない日にすき焼きを食べることにしたのだ。すき焼きの準備にかかった金額は6000円ほど。貧困と言っても差し支えない一般家庭が1回の食費にかける金額ではない。自分が破産した所以が垣間見える気がする。

だが、おいしかった。すき焼きも溶き卵も抜群においしかった。衝動に駆られ、欲に負けて良かったと思った。数年ぶりに食べるすき焼き、初めてなんでもない日に食べるすき焼き。おいしいものはいつどんな時に食べてもおいしいものだ。

余談だが、すき焼きについて書こうと思った時に真っ先に思い浮かんだのが坂本九の『上を向いて歩こう』だった。海外では『SUKIYAKI』というタイトルで一世を風靡したというコラムを中学の教科書で目にした記憶がある。なぜ先生が教える勉強はすぐに忘れてしまうのに、教科書の欄外にあるコラムはすぐに思い出せるのだろうか。




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