細胞フュージョン
細胞が他の細胞を食べてアップグレード?
細胞は他の細胞の能力を取り込める仕組みがある。能力Aを持った細胞が、他の能力Bを持った細胞を取り込めば、能力AとBを持つ技をもっているのかもしれない。そんな可能性もありだなと思わせるプレゼンを今日聞いた。
まず以下のリンク先の動画を見て欲しい[参照1]。マクロファージががん細胞を「食す」瞬間が捉えられている。本来、マクロファージは異物を食いちぎってメッチャグッチャにしてしまう暴れん坊将軍である。つまり食われた異物=細胞は跡形もなく食いちぎられる。当然ながら、細胞の中枢ともいえる核(遺伝子の設計図=ゲノムが入っている場所)をも破壊する。
ところが、動画を進めて見ていくと、先ほど食ったはずの異物=がん細胞を体内に残したまま、新たな増殖(Mitosis=有糸分裂)を初めているマクロファージがいることがわかる[参照1]。メッチャメチャにされるはずのがん細胞が、あたかもマクロファージの体内に潜り込み、がん細胞がマクロファージの力を取り込んで新しい細胞を生み出すようにも見て取れる。まるでドラゴンボールの人造人間「セル」みたいだ。
薬剤耐性の獲得に関わっていることが示唆されており[参照1]、まさに、がん細胞が敵の能力を取り込む「アップグレード」のような現象。こんなこと言うと不適切かもしれないけど、がんは「セル」並みにマジで強敵なのだ。完全体になる前に倒したい相手だ。
フュージョンの方法?
フュージョン(細胞融合; cell-cell fusion)とは、文字通り細胞と細胞が合体すること。フュージョンにもいくつかの形態があるのだけど、一番いまやっかいなのは、どうやってフュージョンしているのか、その方法(分子メカニズム)がわかっていないという点だ。
不妊と細胞フュージョン
なんでフュージョンの仕組みを明らかにしないといけないのか。一つは不妊治療あげられる。受精は精子と卵子のフュージョンであり、♂♀のスペックがフュージョンする現象だと見ることができる。不妊が起こるとすれば、フュージョンがうまくいっていないということ。精子の形状異常が不妊マウスで観察され、その原因分子メカニズムもわかりつつあるけど、精子と卵子の間で何が起こっているのかは、多くは謎である。
フュージョンのきっかけはどっち?
原因は、卵子側か精子側かあるいは両方かというと、はっきりとはわからない。フュージョンするときには、細胞表面の膜同士の間に、「何か」の分子なり、情報なりを伝達してフュージョンが始まると考えられるが、「どちらの側」からきっかけをつくるのか、すなわち「一方向(A→B; unilareral)」あるいは「双方向(A⇄B; bilateral)」というのは、種によって違うらしい(ヒトがどちらなのかまでは、今回わからなかった)。
フュージョンの仕組みをデータで見るためには
分子レベルで見るためには、次世代シークエンサー(Next Generation Sequencing; NGS)を使う。NGSとはざっくり言うと、一度に大量のDNA配列の断片を読み取る機械。
僕らの体は40兆個の細胞からなっていて、その全ての細胞それぞれに2mほどの長さからなるATGC文字(DNA)の全配列(ゲノム; 30億文字)が収納されている。これはいわば、生命活動の基盤となる設計図で、必要に応じてそこから一部分(遺伝子)を使って、特定のタンパク質を合成するように命令を出す。
どの配列を使うかの命令信号もまた、ATGCの配列からなる分子(伝令リボ核酸; mRNA)が用いられる。この命令シグナルであるmRNAの量=遺伝子発現量を見れば、どの分子が主に機能しているのかがわかるはずだ。
重要なのは、「いつ」「どこで」「どの分子」が働いているのかを観察することだ。種やイベントによっては数秒で終わるものもあるし、24時間かかるものもある。精密な実験のもとで遺伝子発現量を測定してはじめて、関連する分子群が見えてくる。
少なくとも、10000〜15000前後の遺伝子が同時に発現している。各遺伝子の発現量の時間的変化を追えば、どの分子群がどのタイミングで機能しているのかはわかる。ただ、ここで困難にぶちあたる。タンパク質の合成を司令するmRNAの合成にも時間がかかる。数秒の時間間隔では、mRNAによる命令伝達は原理的に難しい。つまりmRNAのみでフュージョンを実際にコントロールしているとは考えにくい。
生命の分子活動にはもっと短い時間間隔で、分子群の働きをコントロールする仕組みがある。リン酸化と呼ばれる現象だ(数秒で変化する)。これは、さきほどの合成指令であるmRNAから、実際にタンパク質が合成された後のイベントで、タンパク質が実際に働くかどうかのスイッチに相当する化学修飾である。
これをデータで見るためには、液相クロマトグラフィー質量分析器(LC/MS/MS)を使用する。ざっくりいうと、質量分析器とはタンパク質をより小さな物質=ペプチドに分解して、さらにペプチドを構成するアミノ酸の、質量を一度に大量に測定する機械。先ほどの次世代シークエンサーとは全く原理が異なり、アナログの機械である。リン酸化されると特定の質量が増加するため、その増加分をみてリン酸化されているタンパク質を同定する。
また、どの分子同士が相互作用しやすのかという視点もある。遺伝子配列にも、互いにくっつきやすい配列パタン=モチーフがあって、それを同定することも必要かもしれない。
また、動画撮影=イメージングも重要な技術。リアルタイムに特定の分子(数個〜十数個)を蛍光する技術を使えば、「いつ」「どこで」どの分子が働いているのかもわかる。