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「草が枯れるまで見ている」とつぶやく娘と僕

ある朝、トウモロコシをかじりながら4歳の長女が庭を眺めていた。そして彼女は、「草が枯れるまで見よるんよ」とひとり言のようにつぶやいた。
草が枯れるまで見ているってどういうことだ?いったい、いつまで庭を眺めるつもりなんだろう?僕は、基本的にこういう場面に出くわすと娘をずっと観察していたい人間だ。
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5月に三女が生まれたのとほぼ同時期に、仕事の依頼も増えた。
うちの法人は自分と妻の2人で回してきたが、ますます妻は育児に、自分は仕事に追われるようになった。
自宅が事務所を兼ねているので、生まれたばかりの三女の鳴き声が聞こえてきたりするわけだけれども、仕事の手を休めることができないことも多い。
他者のための時間が増え、自分のための時間が持てないでいると自分がすり減っていく感じがする。
この仕事は自分がやりたかったことだっけ?何のために法人をつくったんだっけ?そんな言葉が頭をよぎる。
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「今、ほしいものある?」と聞かれたら、迷わず「時間」と答える。
日々の仕事のことだけでなく、中長期的な経営についてきちんと頭を使える時間。自らのコンディションを整えるための時間。「草が枯れるまで見ている」とつぶやく娘をじっと観察する時間。そういう時間がほしい。
いうまでもなく、時間は有限であり、何かに時間を使えば他のことには使えなくなる、というトレードオフの関係がある。
何をするか、だれと過ごすか―時間の使い方を真剣に吟味したい。
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余談だが、「草が枯れるまで…」と言っていた娘は、トウモロコシを食べ終えると、歌を歌いながらさっさと窓のそばを離れていった。

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