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サフェト・ギュンデゲール

トルコ:ターキッシュ・クラリネットの名手(5)

アバンギャルド・ターキッシュ・クラリネットとプログレの邂逅

クラリネット・バイオリン・ウード奏者のサフェト・ギュンデゲールは1922年、マルマラ海に面したトルコ北西部の都市バンドゥルマで生まれた。14歳の頃からバイオリンとクラリネットを学んでいたという。

やがてアンカラの憲兵隊で兵役を務めるが、この時にメフテルの後継である軍楽隊オーケストラ"ミジカイ・フユマン"に参加、指揮者であったメフメト・ヴェリ・カニク(Mehmed Veli Kanık, 1881-1953)の教えを受ける。

彼は著名なトルコ詩人オルハン・ヴェリ・カニク(Orhan Veli Kanık, 1914-1950)の父でもある。西洋の音楽・文学が常に身近に存在する環境だった。

アンカラ・ラジオ(後のトルコ国営放送:TRT)の最初のディレクターのひとりであったカニクに才能を認められ、ギュンデゲールは1955年までアンカラ・ラジオに、それ以降はイスタンブール・ラジオに所属した。

この頃に、シュクリュ・トゥナール(Sukru Tunar, 1907-1962)の教えを受け、また兄弟で活動していたバルバロス・エルキョセ(Barbaros Erkose, 1936-)とレコードを制作、彼のクラリネット演奏に多大な影響を与えた。

また、トルコの映画産業("イェシルチャム")にも関わったギュンデゲールは、映画音楽の作曲のほか、役者としても多くの貢献をしている。動画は1960年のトルコ映画「Liman Yosması」。

と、ここまで、ジャンル横断的に活動をしていたとはいえ、伝統音楽の枠内でキャリア積み重ねていたギュンデゲールは、1969年ジョン・コルトレーン(John Coltrane, 1926-1967)のアルバム「Om」を聞いて凄まじい衝撃を受ける。

その衝撃は彼の音楽観の根底を揺るがし、すぐさまアメリカへの旅行を決意させた程だった。その地で彼は、混沌の70年代ジャズ/ロック・シーンを体感することになる。

やがてドン・チェリー(Don Cherry, 1936-1995)とも数多く共演をしたトルコ出身のパーカッショニスト、オカイ・テミズ(Okay Temiz, 1939-)と活動を開始。冒頭の動画はターキッシュ・クラリネットにワウ・ペダルを接続した非常に実験的なギュンデゲールの演奏である。

彼らは70~80年代、フリーフォーム・ジャズ/プログレッシブ・ロックに、トルコ民族音楽を織り込んでいくような独自の音楽をヨーロッパやアメリカのシーンで積極的に展開していく。

以下の動画は、1975年にストックホルムで制作されたオカイ・テミズ・トリオ(Okay Temiz / Bjorn Alke / Saffet Gundeger)名義のライブアルバムより 『ウスクダラ』。

「Turkish Folk Jazz」(Okay Temiz Trio, ターキッシュ・フォーク・ジャズ, 1975年, Sonet)

サフェト・ギュンデゲールの音色は、ワウをかけていない状態でも非常に特徴的だ。動画を見るとピエゾ・ピックアップ・マイクは、リードに貼り付けるタイプを用いているようだ。

そのせいか、金管楽器のように非常に鋭角的な音色が聞こえることもあるが、一方でバイオリンも演奏するギュンデゲールらしく滑らかな弦楽器のような音が響くこともある。これらはセッティングもあるだろうが、奏法に依るところが大きそうだ。

民族音楽の超絶フレーズと、絶叫を伴う表現主義、さらに電気化が、高次元で融合している。正直、筆者はギュンデゲールの演奏を見つけたときに、非常な歓喜と同時に、酷い落胆を覚えた。探ろうとしていたターキッシュ・クラリネットの可能性が、50年も前に試されていた事実にである(よくあることだ)。

伝統に根ざしつつ前衛を踏査したギュンデゲールは、晩年の1990年代には故郷バンドゥルマの老人ホームに入所、毎晩夕食後にはクラリネット演奏で入所者の仲間達を楽しませたという。1994年に亡くなると、愛用のメタル・クラリネットは美術館に寄贈された。

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〔参考文献〕

Musiki Lugatı – Saffet Gundeger
https://musikilugati.com/saffet-gundeger-kimdir/

Boja Kragulj『The Turkish Clarinet : Its History, an Exemplification of its Practice by Serkan Çağri, and a Single Case Study.』(2011) https://libres.uncg.edu/ir/listing.aspx?id=7442

Sarah Elizabeth Korneisel Jaegers『Turkish Classical Clarinet Repertoire: Performance, Accessibility, and Integration into the Canon, with a Performance Guide to Works by Edward J. Hines and Ahmet Adnan Saygun.』(2019) https://etd.ohiolink.edu/apexprod/rws_olink/r/1501/10?clear=10&p10_accession_num=osu1555635997664089&fbclid=IwAR26b2n86jW117T-inmn2ViSKWTdaPPOn0qwm7G_dkhb4uQCh7d0xmngWK4

関口義人『トルコ音楽の700年 オスマン帝国からイスタンブールの21世紀へ』 2016年 DU BOOKS ISBN 9784866470061

関口義人『オリエンタル・ジプシー』2008年 青土社 ISBN 9784791764297

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(1)バルバロス・エルキョセ(Barbaros Erkose, 1936-)
(2)ムスタファ・カンドゥラル(Mustafa Kandirali, 1930-2021)
(3)セリム・セスレル(Selim Sesler, 1957-2014)
(4)シュクリュ・トゥナール(Sukru Tunar, 1907-1962)
(5)サフェト・ギュンデゲール(Saffet Gundeger, 1922-1994)
(6)ターキッシュ・クラリネット前史
(7)セルカン・チャウリ(Serkan Cagri, 1976-)
(8)ヒュスヌ・シェンレンディリジ(Husnu Senlendirici, 1976-)

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