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シュクリュ・トゥナール

トルコ:ターキッシュ・クラリネットの名手(4)

トルコ全土にターキッシュ・クラリネットの響きを広めたパイオニア

歴史に残るターキッシュ・クラリネット名プレイヤー紹介。第四回目はシュクリュ・トゥナール(Sukru Tunar)。エルキョセ、カンデゥラルらの先達にあたる人物だ。

彼はエーゲ海沿岸のエドレミトで1907年に生まれている。トゥナールの家族には、音楽に関わる者がまったくいなかったらしい。また、このシリーズで取り上げるプレイヤーのうち唯一、ロマの血を引いていない。

評者によってはロマであることに非常に特別な意味を持たせる向きもあるが、果たしてそこまで無条件で意味を付与して良いのかはやや疑問が残る。

とはいえ、オスマン帝国-トルコ共和国の歴史における、アナトリアとバルカンの地誌的状況、トルコ"古典音楽"とトルコ"民俗音楽"の関係、その中でのロマの位置は、社会史的・政治史的に大変重要であることは間違いない。

トゥナールの才能は、音楽的に決して恵まれているとは言えない環境にも関わらず、子供の頃から目立つものだった。トルコ軍楽隊を目にし感激した彼は、13歳の時にはボロボロのクラリネットを入手し演奏を始めた。

しかしその直後に父と叔父が亡くなったため、彼は家族のために働きに出ざるを得なくなってしまう。

厳しい生活の中での、第一の転機は、家族でイズミルに転居したことだった。仕事の合間を縫ってイズミル音楽協会に参加、その後は有名なウスキュダル音楽協会で音楽知識を学んだ。ただしクラリネットに関しては完全に独学だったという。

やがてナイトクラブなどでの演奏を開始したトゥナールに第二の転機が訪れる。ターキッシュ・クラリネットでの微分音を含むマカーム奏法を確立したのは、クラルネトジ・イブラヒム・エフェンディ(Klarnatci İbrahim Efendi, ?-1925)と言われている。

そして彼の演奏に最も注目していたのが、イスタンブール・ラジオ/アンカラ・ラジオ(後のトルコ国営放送:TRT)だった。エフェンディがラジオに出演する機会はなかったものの、代わりに白羽の矢が立ったのがシュクリュ・トゥナールだった。

彼の奏でるターキッシュ・クラリネット演奏が、ラジオの電波に乗ってトルコ全土に流れた。ゼイベック、チフテテリ、ロンガ、ドゥーラープ、カルシュラマなどの民俗音楽では優れたリズム感で聴衆を熱狂させ、即興ではとても美しい旋律を聞かせた。

彼の番組は、すぐに人気番組となったという。職業的音楽家の血筋ではない彼であるからこそ、むしろ伝統の薄いトルコのクラリネット演奏に先鞭をつけることができたとも言えそうだ。

同時にTRTで番組を持つことがクラリネット・プレイヤーの王道として意識されるようになる(セリム・セスレルはTRTでの演奏が無かったため主流からは外れていると見做されている部分があるかもしれない)。

また作曲も行い、現在も頻繁に演奏される曲も多い。現代ターキッシュ・クラリネット奏者で期待の若手のひとりセルカン・チャウリ(Serkan Cagri, 1976-)は、トゥナールに最大限の敬意を表し「Sukru Tunar Eserleriyle」(シュクリュ・トゥナールの作品, 2009年, Columbia/Sony Music)という2枚組アルバムを制作している。

セルカン・チャウリ「Hicaz Oyun Havasi」。

多くの功績を残したのち、1962年7月15日に彼は心臓発作で亡くなった。ステージ上で演奏中の事だった。彼の死後「シュクリュ・トゥナール・カルチャー・センター」がエドレミトに開設され、その名が称えられている。

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〔参考文献〕

Şükrü Tunar – Hayâtı ve eserleri(SalihBora.com Salih Bora氏によるトルコの古典音楽と民俗音楽のサイト)https://www.salihbora.com/sanatcilarimiz/bestekarlarimiz/sukru-tunar/

Boja Kragulj『The Turkish Clarinet : Its History, an Exemplification of its Practice by Serkan Çağri, and a Single Case Study.』(2011) https://libres.uncg.edu/ir/listing.aspx?id=7442

Sarah Elizabeth Korneisel Jaegers『Turkish Classical Clarinet Repertoire: Performance, Accessibility, and Integration into the Canon, with a Performance Guide to Works by Edward J. Hines and Ahmet Adnan Saygun.』(2019) https://etd.ohiolink.edu/apexprod/rws_olink/r/1501/10?clear=10&p10_accession_num=osu1555635997664089&fbclid=IwAR26b2n86jW117T-inmn2ViSKWTdaPPOn0qwm7G_dkhb4uQCh7d0xmngWK4

関口義人『トルコ音楽の700年 オスマン帝国からイスタンブールの21世紀へ』 2016年 DU BOOKS ISBN 9784866470061

関口義人『オリエンタル・ジプシー』2008年 青土社 ISBN 9784791764297

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(1)バルバロス・エルキョセ(Barbaros Erkose, 1936-)
(2)ムスタファ・カンドゥラル(Mustafa Kandirali, 1930-2021)
(3)セリム・セスレル(Selim Sesler, 1957-2014)
(4)シュクリュ・トゥナール(Sukru Tunar, 1907-1962)
(5)サフェト・ギュンデゲール(Saffet Gundeger, 1922-1994)
(6)ターキッシュ・クラリネット前史
(7)セルカン・チャウリ(Serkan Cagri, 1976-)
(8)ヒュスヌ・シェンレンディリジ(Husnu Senlendirici, 1976-)

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