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連作短歌

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2019年10月の記事一覧

連作短歌「天アンカットのあの娘」

適当に選んだ漫画が人生のバイブルになる15の春よ 文庫本をいつもポケットに入れているあの娘ちいさい声しか出さない おしゃれして名画座へゆく坂道の晴れの日も消えない水たまり やだ、絶対、泣かない、と言ったあの夜の自分の意見を大事に大事に あの丘に水族館をつくりたいなにも死なない水族館を

連作短歌「同床異夢」

ゆめのなかでゆめをみているゆめをみた他人に興味がないのがばれた 時間とはすべてを硬くしてしまう こんなに柔らかいものだって 埋めるのはかんたんなこと満たすのはむずかしいこと 花を買わない テンションの低い電話を受けていて流れのはやい雲を見ている 知らされてなければ生きていることにしたまま僕は生きていたのに

連作短歌「着なかったほうのカーディガン」

遠い窓 座っていると見えなくて立つとほんのり匂う木犀 線路からむこうはむかし海でしたという台詞が映画にあった 風化してしまう前にと見に行った日に着なかったほうのカーディガン ちいさい雪が降ってきそうなひるやすみ 表紙のしろい本を一冊 庭に風 なにかを思い出しそうな予感だけでもうれしい真昼

連作短歌「汚染された池がきれい」

爆弾の雨という比喩 もこ模糊もこ模糊もこ模糊 去年も雨だった ねつのはなできてしまったゆうがたに食塩無添加ミックスナッツ 汚染された池がきれい 自分以外全員他人 夜のサーフィンがきれい とまらずにぐるぐるまわる山手線をコナンの映画で見た気がするな わかりみが深い デジタルデトックス 特急あずさで向かう よきよき

連作短歌「同属嫌悪」

過ぎていくきもちは見ないようにして、怒らないでよ、悪くないから さみしいと夜道で声に出してみて ほんとのきもちじゃないと気づくよ トレンドと言われる年だけ着ない服 死にたいと言って生きるマリちゃん かえすもの 育ててくれたみなさまが無理をしないで生きれるように 好きなひとが好きだったひとになりそうなひとりの道に粉雪の積む

連作短歌「光っているもの」

水筒のフタがコップになるようにいまも天真爛漫ですか 消費税とおんなじ年に生まれたという青年のKindle白い 挨拶がやけにやさしい水曜の雨に降られてタイヤも光る 同僚が立ったはずみにころがったマウスの青い光が夢に クッキーが入ってたカンカンをペンたてにしていることがばれそう むかし鳥飼っててんけど死んじゃってその日に受験受かった話 出たことのない国にいて海を見て想像のなかだけの生活 これからも不安はあるが新しい街、風の街でもあるようだ 海面がずっと動いてる 森

連作短歌「アカウント」

柿 梨 栗 石榴 サフラン 駅前の100均で買うくろいネクタイ やまぬ雨ウミハヒロイナオオキイナ故人のアカウントがずっとある やけに肌がふれあう夜を乗り越えて押してはいけないボタン見つめる わざと人にぶつかって発散するような大人のことまで考えないと 同姓同名の他人の炎上で詰む人生も考慮しないと

連作短歌「こげ茶」

こんなことあるのかかがみをみてみたら「わかったようなかお」をしていた ひぐらしのこえ軽やかになっていく遠くに見えるあれは木星 年とってまた独身だ 手を振って見送っていた阪急電車 そうだとは言えないけれど違うとも言えないような占い姉妹 キーボードを父、ディスプレイを母として生まれてこのかたひかりつづける 間違って覚えたような常識を抱えて長い雨宿りの火

連作短歌「筆記体」

降りながら消える花火の歩いても歩いても遠くならないひかり 盲目の男の夢のすみっこに残ったひとりのようで、祈り シャンプーのにおいのつづく明け方にとつぜん読めるような筆記体 燃えるごみ火曜金曜めくるめくずっと寝ている霞のなかで 昼休みに読むのにちょうどいいような黄色い本をいつか出したい