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連作短歌

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2019年8月の記事一覧

連作短歌「盆帰省」

腰が痛い膝が痛いとぼやくとき母の声低し 盆帰省 母父を後部座席に乗せて行く箕面温泉スパーガーデン 行き喋る母眠る父 帰り喋る父眠る母 安全運転 大皿の鶏の照焼つまみつつテレビにあーだこーだ言いおり 靴紐を結ぶ息子を階段に座つて見遣る母遠そうに

連作短歌「そして」

いきものの夜の星座のしずかさの川の蛇行の夜のいきもの 濡れている皮膚 ひそひそと会話して通り過ぎゆく変温動物 虫時雨おおきなあくびをしたあとに君とみおろす北斗七星 晩秋に登った山に置いてきた。そして、記憶も消してしまった。 それからのワタシは特にいいこともやなこともなく死んでしまった。

連作短歌「ここは」

「形而上学的駐車を願います」ここはタイムズ哲学の道 隈研吾!隈研吾!ってことさらに連呼されても僕ちょっと困る 珈琲をこぼした王がエチオピア政府の説明責任を問う 行きつけと言えば聞こえはいいけれど他のお店を知らないだけです この記事は約三分で読めます、あ、一八〇秒かかるんですね ここを見てそこは見ないでここを見てそこは見ないで見ないでそこは 引くほどの睡眠薬の山を見て何も盗らずに静かに帰る 下の歯は屋根に上の歯は縁の下に投げてたおかげよこの歯並びは チラリズム

連作短歌「できん」

純朴に育ってきたと思ったがゆっくり歩くことすらできん 「寒いね」と話しかければ「誰でもいいから抱きしめたいほど寒いね」 泣き抱かれ立ち歩き走り愛し合い産んで育てて死んで泣かれる 朝早く街を行き交う人々が僕よりちょっと生き慣れていて もしかしてサボテン買いたいこの気持ちサボテン自体よりも大切にしたほうがいいんじゃないか そのいのち観葉植物と呼ぶのなら吾は何用人間なのか 遺失物 職員室の片隅に決して届かぬ花柄の靴 そういえばさくらをみるのがすきだった ずっと覚えて

連作短歌「いいや」

午前四時ユニットバスにかかる虹こんな僕でも生きてていいや いつぶりだこんなに大きい声出したのが君のいる場所でよかった 極端に考えすぎてはいけないと言われた僕は戦意喪失 朧げな昨日の記憶を辿る朝僕は何秒君に触れたか 価値観を一変させる一言を言ってみたいが物は言いよう 嘘じゃない嘘じゃないよと君は言う嘘でなければ正義かのように 閏秒使って早口「良い年になりますように」とささやく通り魔 髪色を黒に戻して朝を待つアヴァンチュールは生活になり またいつか少し休んでい

連作短歌「俺は観に行く」

母さんがとてもリベラル父さんがとてもリベラル笑って生きろ この石はどこから来たんだろうなんてでも今ここにあるってことだ いきたいとおもっていたけどいったことなかったままの原美術館 商店街の旗はためいて天気予報はずれた朝のような匂いだ 好きなもんが違うんやからしょうがない俺は『HiGH&LOW』を観に行く

連作短歌「やってこい、ループ橋」

やってこい、ループ橋 夜には星が ゆられて 忘れそうだし きれぎれ 見たいもの 話したいこと 忘れても 来た場所 歌った音 も忘れて 好きな色を いっせーの、せ で言い合った みごとにバラバラ いっせーの、せ 煙草か、 もう何年も 吸ってない な、君と見た まっか 真っ赤だ。 言ったんだ 君、あの光景見たときに これは、書けないな、 いつまでも、って ふいに ん、って 最後の声を出したまま 覚えているの 僕が最後ね 来世など あったとしても 僕が死んだら 事実、

連作短歌「宇宙人より地底人だって」

杜撰さや頑固さも遠くからなら愛せる だからそういう関係 井戸の垂直。 ずっと貫いていく地球儀、信じてる。 愛してる。 宇宙人より地底人。だって あの予言まちがっていた世界線 何気ない一言だったけど 「いないとは言えない」 あれ以来会ってない 結局さ 想像力の話だが 扇風機ねじれていた 深夜 ぎりぎり手の届かない距離 君が両手を広げて夏の思い出になる

連作短歌「車停められへんやんか雪だるま」

車停められへんやんか雪だるま、ほんまに、もう、と言っていた母 父走る春は曙夏は夜秋は夕暮れ冬は毎秒 弟と弟育つ、やりたくないこととやりたいこと、いっちょまえだ おじいちゃんはもう死んでいる 夏痩のおばあちゃんに訊く戦争の色 感情を受け取る? いいえ、感情は私のなかから来る思います

連作短歌「梅雨寒しダンス練習するイケメン」

梅雨寒しダンス練習するイケメン いつか死ぬけど梅雨は寒いね 定年の父の果樹園はなやいで夏休み終わらなければいいのに いま好きになりそうな人が二人いる 水族館はビルの中にある 『デリダから道元へ』っていう本をメルカリで買って今日読んでいる 芸術と技術を分けてんじゃねえよフィギュアスケートにつっこむ彼氏 八月の水道水なまあたたかい ひとり暮らしも十年になる

連作短歌「秒針」

君がふと喩えたときの言い方がずっと残って僕の眼にある 散るために咲くん?(咲くために散るんやで)まだつぼみやな(ほらこっちにも) 陽だまりと旅の疲れが相俟って〈しんしましま〉で途方に暮れる 憶えるとノスタルジーがにじみます 忘れるとポエジーがめばえます 砂浜で遊ぶこどもたちが笑う走っていって遠くでも笑う ほんとうに記憶とは不思議なもので深田恭子のマイクの持ち方 みみたぶはふしぎなかたち らいおんとしらないきせつをあるいてみたい 「茶色より黄色のほうが春っぽ

連作短歌「直線」

髪洗うシャワーの音を聴いていたそこにいたという証拠がない 早足になるってことは行くとこがあるってことさ ふりむいてしまう なんでもないページにふせんを貼るように古本市の春の長雨 まごころのかたまりみたいなひとだった ふせんをちょっと出るように貼る 読み返すことはないかもしれないと思いつつ貼られてゆくふせん 雪解けの滝を見ていた君の眼を見ていた季節 落ちる、おちる 養老の滝に感動したと言えば「七歳のとき連れていったぞ」 知りすぎた街が物語に見えた、一瞬、燕と平行に

連作短歌「曲線」

晩春のポラリスぽつりぬばたまの気持ちにひとつ死んでも残る 君のいた夜のシーツの冷たさの記憶に潜ってもう一度寝る 観覧車爆破解体動画 ループ再生だ 平成の夜 モノレールの曲線光る 意識して遠くを見つつ歩くはつなつ あのひとがずっとすわっていたいすのざめんはいまもあたたかいという 話さなきゃならない過去があると言う いつか聴かせてほしいなと言う ともだちが僕の知らないともだちの結婚式に行くのをやめた 憂鬱はもういらないとひとりごち部屋を明るくして水を買う 写真には

連作短歌「雑談」

ゆうやみにはじめて入る路地があり地蔵地蔵地蔵異空間 階段をのぼったところにある喫茶店から見下ろす傘の色色 さっきから観葉植物ばかり見ている君の眼を僕は見ている いつもなら泣くときと怒るとき以外遠回しにしか話さないひと カフェモカを飲み干し君は去りゆけり隣りの席の雑談が春 うららかや君の笑顔が見たいなあボウリングピンのぱらりと跳ねる 返信はいらないという手紙にはひとりよがりの意志がただよう 君からの手紙の入った封筒はまだひらけずに抽斗の奥 ようふうとうやっとひ