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連作短歌

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2019年7月の記事一覧

連作短歌「夜に読め」

古本を二冊盗んで来たという友人の飲むボジョレー・ヌーヴォー 遅延する もう動かないあの指 どこへも行けない満員列車 草茂るすっぽかされた待ち合わせのような風が指をかすめる ときどきふる小雨と商店街に来てひょんなところに知的な刺激 陣痛が十分おきに来る 真夏 東京都内に殖える歩道橋 植物園でしか蛍みたことない芥川賞よんだことない なかに誰もいないことがもうばれている歴代革命家たちの墓石 潮風を知らない子供たちの影 重なるところはすこし濃くなる 海の動画を視て

連作短歌「タイム・スリップはひとりで」

引き出しは壊れてしまった かつてには想像もつかなかった仕方で みらいみらい蒙古タンメン中本がすべての首都にある未来だわ なんとなく来てみてふたりで眺めてる前方後円墳  と距離感 生きている人が死ぬほど死んでいる人が産まれるほどのウザさで 彼が君、君が私たちわたしたち小動物って噛むの速いね 昨日より二〇グラム増えてる彼はいつかわたしも追い越してゆく 赤ちゃんが走る 雨がふらなくなって半年か ほとばしる二語文 もし僕に息子がいたらこうだろう 眼鏡が割れては泣いてるだ

連作短歌「ちよつと出てきますと言つたきりの春」

ほんとうは一〇分前に着いていた夏がトトンと肩を叩いた エンドロール最後まで見て靴履いてリュック背負って出ていった秋 背も伸びて顔もなんだかシュッとしてこれからなんでもできるぞの冬 ちょっと出てきますと言ったきりの春 ソ連のお土産わたせなかった 仕事から帰ってきたら夏が居て、部屋干しを畳んでくれていた 秋と手をつないで散歩してたのに白い女がさらって行った いいよって言っても作りたいのって言って聞かない冬の手料理 春と夏と秋と冬と私でみんなでうつってるのがいちまいも

連作短歌「わけあっていいきる」

先頭に並ぶあなたのまばたきの前をいま通過していきます 優しかったひとが冷たい いつかから 冷たかったひとが優しい すこしだけ高価なボールペンを買う 家をシェアする 日々をシェアする 友達とその恋人が目の前で慣れた手つきで分け合っている 飲みものを吹き出しちゃったときなどに感じるぼくがぼくであること ピザを麺みたいに切って笑いあう四人の靴がみんなド派手だ 冷たかった人が優しい もう二度と 優しかった人が冷たい まばたきをしたりあくびをしたりする地球人たち愛していま

連作短歌「膜」

五年目の街だし雨もやまないし大事なものは預けてきたし 韓国の映画のように人の来る 昔のことも昨日のような 昔よく会ってた人の居る夢に借りっぱなしの本カビくさい 散るという自動詞を撮る写真家の後ろにも チル はなびら ヒラリ

連作短歌「曜」

スーツ姿を初めて見たけど感想も言いにくいなあ火曜日の夜 水曜が好きだと思う ドーナツの穴とか谷間も好きだと思う ベッカムのゴール動画を観ていたり小説書いてみたり 木曜 金曜は歩いて帰る あの人はきっとどこかで呑んでるだろう 土曜日の森の奥そのさらに奥、海がひらけていてほしかった ショッピングモールこんなに吹き抜けてどうしちゃったんだよ日曜日 月曜に同級生とすれ違う とくに立ち止まらず出社する

連作短歌「月」

一月の雪の写生をしてみたよ こんなかわいい報告もある クレヨンの匂いが不意に鼻に来てまたも二月に泣いてしまった 三月は弥生と呼ばれ、黄緑と迷って黒のソファに決める 偶然をよろこぶきもち。ささやかな四月生まれの女の子たち 僕たちの愛の湿度も(なんだそれ)換気扇から出ていく五月 ロクガツの真夜中の研究室で複合機が吐き続けるノイズ 本棚の奥の列から七月の信仰心が漏れ出ているね 八月に埋めたかばんの奥底に並べて置いた蜂の標本 観客のいない九月の自主映画 あしのしびれが

連作短歌「駅」

さっきまで雨が降ってた夏の駅 遠くの金切り声の残響 見逃した仕草も恋の味として秋の駅から見える霊園 冬の駅、自転車置き場まで歩く その数分の虹の明滅 あかねさす窪田空穂記念館へ ホームの細長い春の駅

連作短歌「ないものぐらし」

半袖の後ろ姿がこんなにも忘れられないと思わなかった 主語のない小さい雨が相談に乗ってくれない有給休暇 時間とは落ちていくもの 五月雨の真っ暗闇にコーヒーメーカー バラエティ番組の背景が海 カットされゆくあまたのギャグも

連作短歌「アイ わず 退屈, yesterday」

夏風邪の代わりのぬりえそのように人の数だけ日常がある 昨日の昼、寝転んだまま飲もうとして腹筋が筋肉痛なのよ エロい女がコケたが僕はそれを見ておらずそこにすらおらず 河原で寝てる 後ろから読む短篇集そのように昨日と今日が全く違う 焦点がわざと合わないように見た、その感想を翌朝告げる 入れ替わるところを想像してみたら一応わかったつもりになれた あなたから言われたら断れないし 大雨洪水警報の朝 たらちねのフードコーディネーターたちの雑談が終わり次第はじめます はじま

連作短歌「うすくなりゆくなつのおわりの」

鳥帰るとき粒々になつてゆく 佐藤文香『君に目があり見開かれ』 ベランダの雨のひと粒ひと粒にヘッドライトは囁いている 傾きに触れた夜から木瓜は枯れ木犀は枯れ水平である バランスを天啓として記憶から記憶へ直に伝達されて 行ったことない街からのお便りが届かない空っぽの郵便受 理解する レンズのむこうの明るさが明るさとして正しいことを 通るたび跳ねる水 その形態に共通点のないということ びろうどの煙草の白の無限さと消費税から弾かれた夢 朝 森のあおさを抜けて遠くなる

連作短歌「(phénoménologie)」

「ほらね、君が現象学者だったらこのカクテルについて語れるんだよ、そしてそれは哲学なんだ!」 眼で視ると感動するということがわかりはじめて空を撮る人 ひとかかえほどの幹、と聴くときの想像上の抱擁のことも サルトルは感動で青ざめた。ほとんど青ざめた、といってよい。それは彼が長いあいだ望んでいたこととぴったりしていた。 振り返るように話そうさわってもいいよ明日には切る髪だから 八月のざんざんと切る黒髪の鏡のなかに降り積もる雪 髪がある カセットテープの傾きに触れる 眠り

連作短歌「天下のキッチン」

ことりことり 最後尾はこちらですって長すぎるやろ 小鳥は好きよ 一列で並んでください カップルも八人姉妹も みんな一列で おい、まるで時が止まったかのよ あ、うそですうごきだしました、ガチャ 「遺失物管理課」ってバンド名も変えちゃうから、案10個ずつ出せ おおさかはあんまりきたことなかったな、まあ京都でことたりるからな