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種苗法改正で何が変わるの?問題点は?

「種苗法」という聞きなれない法律が近年にわかに注目されています。1998年に公布されたこの法律が改正されるに当たって、芸能界の方も懸念を発信したことで、主にネット上で大きく話題になりました。改正に賛成する意見と反対意見が激しくぶつかり合い、何が正しいのかよく分からない状況になっています。

そもそもどんな法律なのか?改正されることで私たちの生活にどう影響するのか?筆者自身は身近に種苗関係の会社に勤める人がおり、また、自分自身も農業に関わることに興味があるので、この法改正で何が変わるのか、をまとめてみました。

お時間の無い方は、最後のまとめだけでも読んでいただけると幸いです。

種苗法の基礎と改正議論のポイント

種苗法とは、新品種の育成者の権利を定める法律です。色とりどりの花、美味しい果物、品質の良い野菜など、毎年多くの新しい品種が民間の種苗会社や、農研機構などの公的機関において生み出されます。

種苗会社、と言ってもピンとこないかもしれませんが、家庭菜園をやる人であればサカタのタネ、タキイ種苗、カネコ種苗、雪印種苗…といった名前に聞き覚えがないでしょうか。国内には大小合わせて(正確ではありませんが)数十の種苗会社があります。

これらの種苗会社や公的機関では日々、様々な植物品種が開発されています。それは「シャインマスカット」「あまおう」のような高付加価値のブランド果実であったり、様々な農業環境に適した育てやすい農作物であったり、より美味しく見た目の良い野菜であったり、多岐に渡ります。これらを作製した者に知的財産権を与える、つまり「植物品種の著作権」を定めるのが、種苗法です。

植物の新しい品種を作り出すことは、5~10年、もしくはそれ以上の長い時間と、根気のいる作業です。そうして作り出された新しい品種は農林水産省に登録することができます。ここで、登録品種と一般品種という用語を理解していただきたいと思います。

登録品種…新たに開発された品種のうち、種苗法の下で登録されたものです。新しい品種として登録するためには、他の品種と区別ができる何らかの特性を持っていなければなりません。また、品種が開発されてから一年以内に登録する必要があり、他人が育成した品種は登録できないなどの、厳しい条件があります¹。また、登録品種として育成者の権利が及ぶのは登録されてから25~30年間で、期間を過ぎると一般品種になります(著作権に期限があることと同じようなものです)。

一般品種…それぞれの地域で受け継がれてきた在来種、品種登録されたことの無い品種、そして品種登録期間の切れた品種が当てはまります。市場で流通する農作物の大半は一般品種です。江藤農林水産大臣(当時)は記者会見で、コメの84%、みかんの98%、リンゴの96%は一般品種であると述べています²。

※農林水産省が発表しているデータよりも登録品種の割合は多く一般品種は少ない、という主張が改正に反対する意見の中にあります。しかし当該データは品種検査数に基づいて算出されたものであり、全体の生産量に占める登録品種の割合で考えることがより妥当であると私は考えます。そのためここでは農林水産省の発表した値を記述しています。

長い時間と労力をかけて優れた品種を作り出した者には、当然、それなりの見返りがあって然るべきだと、これを読んでくださっている皆様にも同意していただけるかと思います。それにも関わらず、今まで育成者の権利はあまりにも守られずにいました。その育成者の権利を定める法律が、この度の改正でどう変わるのでしょうか。

大きな変更点は下の三つです。
・登録品種の栽培を育成者が特定の国や地域に限定できるようになる
・登録品種であることと利用制限があることの表示が義務になる
・現在は自由である自家増殖が許諾制になる

これらの変更が種苗業界や農業にどのような影響を与えるか、考察していきたいと思います。

参照:
(1)農林水産省品種登録ホームページ
(2)江藤農林水産大臣記者会見(令和2年5月19日)

種苗法改正の狙い~海外への持ち出しを抑制する

種苗法が改正に至った背景に、国内の優良な品種が海外に持ち出され、増殖・栽培されているという問題があります。

有名な例の一つが、近年人気が上昇しているブドウ、シャインマスカットです¹。種が無く、皮ごと食べることができ、食味も優れている品種です。これは18年間、親世代から数えると33年間の時間をかけて、農研機構にて開発されました。しかしこの苗木が流出し、中国で栽培され、現在では中国から他国に輸出されています。

同様に海外に流出した例に、サクランボの「紅秀峰」などが挙げられます。また、平昌五輪で女子カーリング日本代表が休憩中に食べていたイチゴが、日本産のイチゴを元に掛け合わされて作られたブランドだということが話題になりました¹。

このような状況にも関わらず、日本では種苗の海外への持ち出しを制限する法律がありませんでした。今回の種苗法改正により、登録品種の育成者の許可を得ていない海外への持ち出し、持ち出されると知った上での譲渡については、その責任を問えるようになります。

もっとも、種苗法の改正だけでは、種苗が海外に流出してしまった後に、それが拡大しないように制限を設けることはできません。日本国内の法律なのですから、海外にまで効力が及ばないのも当然です。そのような事態を避けるためには、海外での品種登録を行うことが必要で、農林水産省はその支援も行っています²。

国産の品種を海外に出さないための種苗法改正、そして海外に流出してしまった後で権利が主張できるようにするための海外での品種登録、と、二段階で海外流出を防ぐことが有効だと言えるでしょう。

参照:
(1)種苗制度をめぐる現状と課題 - 農林水産省
(2)海外への品種登録出願や育成者権侵害対策の支援 

改正に当たっての懸念①~農家の負担が増える?

種苗法改正の意図が品種の育成者の権利保護を目指すものなら、どうして反対意見があるのでしょうか。一つには、育成者の権利が強くなることで、種苗を購入する農家の金銭的な負担が大きくなるのではないか、という懸念の声があります。

これはどういうことでしょうか。一部の農家は育てた作物から、次のシーズンに使うために種子を採取することがあります。これを自家増殖と言います。この自家増殖が、改正後の種苗法では育成者の許諾が必要になるのです。

該当する改正は次の箇所です。第二十一条『育成者権の効力が及ばない範囲』で、現行法にある下記の記載が、改正案では丸ごと削除されています。

農業を営む者で政令で定めるものが(中略)の種苗を用いて収穫物を得、その収穫物を自己の農業経営において更に種苗として用いる場合には、育成者権の効力は、その更に用いた種苗、これを用いて得た収穫物及びその収穫物に係る加工品には及ばない。ただし、契約で別段の定めをした場合は、この限りでない。

自家増殖によって得られた種苗には育成者の権利は及ばない、という旨の記述が削除されることから、自家増殖には育成者の許諾が必要になる、と解釈できると思います。この点が、農家の営みを制限するのではないかと懸念されています。

しかし、私自身は種苗法について調べているうちに、問題無いと考えるに至りました。

まず、自家増殖を行っている農家は決して多くありません。例えばコメに関しては、種子を新しく購入する割合を示す種子更新率が、多くの都道府県で80~100%を占めています¹。また、野菜に関しては現状でも多くが一代限りのF1種子であり、毎シーズン種子を購入している状況です²。

自家増殖を行っている農家は、地域に根付いた在来種や固定種を扱うことが多く、それらは一般品種であり種苗法によって何ら制限を受けません。また、家庭菜園や自家消費分に関しては自家増殖を行っても罰せられません。農家が自分の家で食べる分を殖やしたり、一般の人が家庭菜園を楽しむ分には自由なのです。

どうしても登録品種を自家増殖したい場合、育成者の許諾さえ受ければ問題ありません。「そうは言っても許諾料が高く、農家の負担になるのでは?」と思われたかも知れませんが、イネであれば10aあたり3円、ブドウの苗木一本で60円程度です²。上で述べた通り、登録品種は何らかの、他の品種と違う性質を持っている、言ってみればブランド物のようなものです。他の品種との差別化がしやすく、農家にとっては所得向上に繋がるため、許諾料を払う価値はあると思ってくださる方は多いのではないでしょうか。

参照:
(1)米麦の種子更新率調査-一般社団法人全国米麦改良協会
(2)種苗法改正 生産現場への周知必要-JAcom農業協同組合新聞

改正に当たっての懸念②~多国籍企業に市場が支配される?

種苗法改正のもう一つの懸念として、モンサント(現バイエル)社などの多国籍企業が安価な種子を提供することで市場の寡占化が進み、食の安全性や多様性が脅かされるのではないか、という声があります。

この点に関しても、私は今、問題は無いと考えています。日本の種苗会社は世界的に見ても競争力が高く、中でもサカタのタネとタキイ種苗は世界の種苗会社トップ10に数えられています¹。日本の風土に合った品種やノウハウが蓄積されているこれらの企業を押しやって、市場を独占することは難しいと考えられます。

また、種苗法の改正は、これらの日本企業の利益を、むしろ守る方向に働くと言って良いと思います。育成者の権利を保護することは、育種へのモチベーションを上げ、種苗業界を活性化させるのではないでしょうか。

そして何よりも、農家にとっては、登録品種の許諾料を負担に感じたら数多くある一般品種に乗り換えれば良いのです。

参照:
(1) 種苗をめぐる情勢 - 農林水産省品種登録ホームページ

まとめ

ポイントをまとめます。
▽種苗法は「植物品種の著作権」に関する法律である
▽改正は新品種の育成者の権利を強化するためのものである
▽農家への負担は心配されているほど大きくないと考えられる
▽多国籍企業による市場の支配も考えにくい

私自身は今回の改正は何ら問題が無いと考えるに至りましたが、虚実入り混じる情報が飛び交う中、まだまだ現場は混乱しています。農家や農業に関わる方々の不安を払拭することが課題と言えるでしょう。この記事が、皆様がご自分の意見を考える一助となることを願っています。

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