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原発処理水の海洋放出は危険?安全?(後編)

原発処理水の海洋放出問題を考察する記事の後編です。前編では本件を理解する上で必要な基礎知識をまとめました。

後編の本記事では福島第一原発を巡る現状と考えられる課題について考察したいと思います。

福島第一原発の排出するトリチウムの量と濃度

福島第一原発では日々トリチウムを含む処理水が発生し、2020年11月現在で123万m³が敷地内のタンクに保管されています¹。ここには、総量で860兆ベクレルのトリチウムが含まれています²。海洋放出をする場合、ALPS処理によってトリチウム以外の基準値以内にまで取り除いた上で、トリチウムを含む水を希釈しながら放出すると想定されています。860兆というととんでもない数字に見えますが、実際これはどのくらいの影響を与えうるものか、考察してみます。

まず“総量”という視点で見てみます。自然界においてトリチウムは年に約7京(7万兆ベクレル)発生し、地球上には100京~130京(100万兆~130万兆)ベクレルが存在すると言われています²。福島第一原発に保管しているトリチウムを含む水を全部合わせても、自然界で一年に発生するトリチウムの80分の1以下です。また、通常の原発からも汚染水は発生し、世界各国の原発から日々大量のトリチウムを含む原発処理水が処分されています。図1、図2をご覧ください。図1の縦軸の単位は10の15乗、すなわち「~千兆ベクレル」です。国によっては日本よりはるかに多い量のトリチウムを一年間で排出していることがお分かりいただけるかと思います。

世界のトリチウム放出量

(図1.世界の原子力発電所で放出されたトリチウム量 海洋生物環境研究所HPより³)

世界のトリチウム年間放出量

(図2.世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量 経済産業省HPより⁴)

次に“濃度”という視点で見てみます。福島第一原発の処理水は、仮に海洋放出をする場合、トリチウムの濃度を1リットル当たり1500ベクレル以下にまで低下させてから放出すると定めています⁵。WHO(世界保健機関)が定める飲料水に含まれるトリチウムの基準が、1リットル当たり1万ベクレル以下ですから⁵、十分に希釈されると言えるでしょう。

(1)処理水ポータルサイト(東京電力)
(2)トリチウムの基本Q&A(電気新聞)
(3)世界の原子力発電所で液体廃棄物として主に海域に放出されたトリチウム量(海洋生物環境研究所)
(4)トリチウムの性質等について(経済産業省)
(5)トリチウムを含む水の規制値は?(SYNODOS)

トリチウムを含む処理水の処分方法の選択肢

福島第一原発の処理水は現在、敷地内のタンクに溜め続けていますが、2022年夏頃にはタンクが満杯になります。タンクで保管を続けることは地震、台風などによって中の処理水が漏洩する危険性をはらんでおり、処理水の処分方法を考えるために残された時間は多くありません。

今までに様々な処分の方法が検討されています。経済産業省の「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」(ALPS小委員会)において、技術的に、また、規制上可能かどうか、処分にかかる時間、コスト、リスク、など様々な観点から、5種類の処分方法が検討されました¹。これらの処分方法についての説明は、NHKの記事『トリチウムとは? なぜ「海か大気中に放出」なのか?』²が分かりやすいので、以下に引用します。

福島第一原発の汚染水を処理した後のトリチウムを含む水の処分方法については科学的、技術的な観点から議論をしてきた国のタスクフォースチームが平成28年に5つの案を示しました。

▼基準以下に薄めて海に放出する案
▼加熱して蒸発させ、大気中に放出する案
▼電気分解して水素にして大気中に放出する案
▼地下深くの地層に注入する案
▼そして、セメントなどに混ぜて板状にし、地下に埋める案の5つです。

このタスクフォースの議論を引き継いだ小委員会の今回の素案では、5つの案のうち、
▼海洋へ放出する案と
▼蒸発させて大気に放出する案の
2案を中心に議論を進めることを提言しました。
このうち海洋放出はポンプで吸い上げた海水を混ぜて基準以下に薄め、海洋に放出するものです。原子力発電所でも日本を含め各国で基準を決めて海洋放出をしているなど実績があり、監視も確実にできるとしました。また、タスクフォースも海に流すことで安定的に薄くなり拡散ができるとし、コストも最も安く、大量の処理水を最短で処分できるとしました。

また、もう1つの▼大気に放出する案は1000度ほどの高温で蒸発させ排気筒から大気中に放出するものです。
この方法も40年前、メルトダウンを起こしたアメリカ・スリーマイル島の原子力発電所で実績があります。
加えて、2つの案は国と東京電力が国連科学委員会のモデルに基づいて行った被ばく量の試算で一般の人が自然界でうける被ばく量と比較しても十分に小さいとの評価が出たことも選ばれた理由です。
これに対して残りの3案は▼地層注入については、適した用地を探す必要があり、監視する手法が確立されていないこと、▼水素にして大気へ放出する案は、さらなる技術開発が必要で水素爆発の可能性も残ること、▼また、地下埋設は、新たな規制が必要になることや処分場の確保などが課題になるなどとして、「現実的な選択肢としては課題が多い」としました。

ALPS小委員会で検討された5つの選択肢の他に、外部団体である原子力市民委員会から、大型タンクで陸上保管を継続する案と、モルタルで固化し地下に埋設する案が提出されました。このうち、大型タンクに保管する案については、次のように記述されています。

また、住民参加の公聴会などで出され、途中で議論に追加されたタンクにためて長期保管する案については、▼原発の敷地内ではタンクを増設する余地が限定的であること、▼大容量のタンクが破損した場合漏えい量が膨大になること、▼敷地の外に保管するには輸送の問題のほか、自治体の理解や認可に時間を要するなどとして、否定的な見解を示しました。

モルタルで固化する案については、今回公式な見解を見つけることができませんでしたが、埋設する場所がそのまま最終処分場になるので、その用地の選定と地元住民との合意形成が困難になると予想されます。以上から、海洋放出が最も現実的だと結論づけられたようです。

参照:
(1)トリチウム水タスクフォース報告書について(経済産業省)
(2)トリチウムとは? なぜ「海か大気中に放出」なのか?(NHK)

求められるリスクコミュニケーション

ALPS処理水には放射性物質はトリチウムしか残されず、そのトリチウムも健康上害の無い方法で処理できるとお話しました。しかし何事にも“絶対”はありません。2018年、福島第一原発のALPS処理水に基準値の約2万倍のストロンチウム90が含まれていたと共同通信等のメディアが報じました¹。原因は処理のスピードを優先しようと、ALPSの吸着材の交換頻度を下げたことでした。東電は再度ALPSで処理することで基準値以下の数値に収めると説明しましたが、データをHPに載せるだけで自ら積極的には説明をしなかった態度によって、大きく信頼を損ねました。

批判的な目で監視し、可能な限り事故の可能性を下げることは大切なことです。今のところ、汚染水の処理の方法については、次のような工程になると考えられています。トリチウム以外の放射性核種が基準値以下になるまでALPS処理を繰り返し、再度第三者機関が放射性物質の濃度を検査、放射線モニターで異常を感知したら放出が停止するようにする、という流れです(図3)。このように何重にもチェックする体制を作るということも、まだまだ周知が必要です。

汚染水の処理の流れ

(図3.汚染処理水の処分の流れ 毎日新聞より²)

国際社会からも協力の申し出があります。IAEA(国際原子力機関)は福島第一原発の海洋放出に関して、「国際的な慣行と一致している」「他の場所でも海への放出は行われていて目新しいことではなく、不祥事でもない」と述べ³、また、希釈後の処理水の放射性物質の濃度をモニタリングすることで風評被害の防止にも協力できると表明しました⁴。

残念なことに、厳しい意見を持つ国もあります。韓国では福島第一原発の処理水の海洋放出に反対する声が根強くあります。しかし韓国においても、原発から排出された処理水は海洋放出されており、その排出基準は放水口で1リットル当たり4万ベクレルです⁵。福島第一原発は海洋放出する際は1リットル当たり1500ベクレルにまで希釈するとしており、安全上問題無いことは韓国内の専門家も認めています⁶。このような科学的事実を理解してもらうために政府は近隣諸国に対しても丁寧な説明を繰り返す必要があるでしょう。

国内においても、まだまだ説明が十分とは言えない状況です。特に原子力市民委員会の提出した二つの案に対して、納得のいく説明がなされていないことは、“海洋放出ありき”で物事を進めていると反発を買っています。国民の十分な理解の無いまま海洋放出が進められれば、風評被害を生み、地元住民の皆さんや近海の漁業関係者の方々が苦しむことになってしまうかも知れません。政府と東電による、国内外における密なリスクコミュニケーションが必要とされています。

参照:
(1) 汚染水、浄化後も基準2万倍の放射性物質 福島第一原発(朝日新聞)
(2) 汚染処理水海洋放出 特効薬なき風評被害対策 福島第1原発事故(毎日新聞)
(3)IAEA事務局長、福島第1原発処理水の海洋放出に支援表明(AFPBB News)
(4)福島の原発処理水、放出なら「監視の用意」IAEA(日経新聞)
(5)平成28年度発電用原子炉等利用環境調査(トリチウム水の処分技術等に関する調査研究)報告書(経済産業省)
(6)福島第1の汚染処理水、韓国で「海洋放出は撤回して」「国際裁判で訴える」の声が高まる理由(文春オンライン

まとめ

▽福島第一原発から排出されるトリチウムは国際基準と照らしても問題無い範囲で処理できる
▽ALPS処理水の処分方法は複数の選択肢が検討された
▽海洋放出は国内外で実績のある手法であり処理水の処分方法の最有力候補である
▽政府と東電による国内外への丁寧な説明が求められる

タイムリミットが迫っているとは言え、国民と近隣諸国の理解なき海洋放出は風評被害を生んでしまう恐れがあります。政府と東電は丁寧な説明をすること、そして私たち一般の国民は処理水について正しく理解し、厳しく監視することを求められると思います。拙い文章ですが、この記事が処理水について理解を深める助けになることを願っています。

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