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メモリ

 間もなく、春がやって来る。花が咲いて、風は暖かくて。そんな春がやって来る。だからあなたとは、きっともう会うこともなくなってしまう。いつも通りの部室で、いつもの席に座りながら、そんなことを考える。気の早い鳥の鳴く声が私の孤独を丁寧に演出して、傍からはドラマのワンシーンみたいに見えるんだろうな、なんて。先輩なら分かってくれるかな。
 たった2人の写真部も、先輩の卒業によっていよいよ廃部になる。この居場所が好きだった先輩はとても悲しそうにしていた。最後までここを残すことが出来なかったことを、「己の力不足」を何度も私に謝ってたっけ。私にとっては写真部がなくなってしまうことよりも先輩がいなくなってしまうことの方が辛いけれど、きっと先輩は気がついていない。私の大切は、写真部じゃなくて先輩なのに。

「そんなあなただから、私のこともきっと忘れてしまうんだろうな」

 元々同じ部活という繋がりがなければ、会うこともなかったような存在だ。好きなことも嫌いなことも価値観も、違っているから。そんなあなたを唯一私と繋げてくれたこの場所がなくなってしまうのなら、また繋がることなんてきっとない。だから今はあなたの中で鮮明に記録されている思い出も、朽ちて色褪せて、崩れてしまう。カメラに保存された写真とは、違うんだ。ため息をひとつこぼす。せめて私が、あなたに覚えていたいって思ってもらえるような人間だったならば良かったのに。撮った写真とか以外にも面白い話を出来るような、そんな人間だったならば。

「そう思うと私、先輩を退屈させてばっかりだっただろうな」

 話すことが苦手で、写真のこと以外だと私から話すことって殆どなかった。そりゃ、記憶にも残らない。先輩もこんな私じゃなくて、もっと一緒にいて楽しい人の方が良かっただろうに。あなたの最後の後輩が、私なんかで本当にごめんなさい。でも私は、最後の先輩があなたで良かったなんて、少し身勝手だろうか。
 ふと、時計の方を見る。そろそろ卒業式の予行練習が終わる頃だろう。そうしたらここに先輩が来てくれる。こうして過ごせるのも残りわずかだけど、きっと私は変われないままだ。ならばせめて、あなたが忘れてしまっても、私はあなたのことを覚えていられるように、しっかりと残りの日々を刻んでいきたい。それが今私が紡げる物語だから。

 静かすぎるこの部室には、何枚も何枚も写真が貼られている。それらは風景の写真ばっかりであなたの姿なんてないけれど、ここが他でもないあなたの居場所なのだから、私はカメラを構えてこの空間を記録する。写真に写りたがらないあなたの影を残すために。あなたが忘れてしまっても、私は覚えて続けていたことを、いつか証明出来るようにするために。