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オーバーヒート

「ごめん。今言えることは、何もない」

 そっか。彼は寂しそうな声をなんとか吐き出す。ガッカリさせてしまっていることは、こんな僕でも良く分かった。空になった食器を意味もなく見つめる。彼の家に大量にある、無地の白いお皿。それが、逃げ場を探す僕の視線をしっかりと受け止めている。

 ただ彼から告白されただけなのに。

 でも、こんなに悩んでしまうなら、きっとそれは「だけ」とは言えない。自分の気持ちが分からなくて悩んでいるのか、それとも自分の気持ちを表す言葉が見つからないから悩んでいるのか。油断すると余計なことばかり考えてしまいそうだから、今はその2択のどちらにぼくが当てはまるのか、それだけを考えて多少の平静さを保っている。第3の選択肢とか、知らない。

「……ごちそうさまでした」

 冷たい金属由来の音が響く。彼も食事を終えた。いつも彼はぼくより食べ終わるのが遅いけれど、それを加味しても今日は遅かったから、きっと彼も悩んでいるんだろうな。なんて、当然だ。ぼくに告白をすることに重さを感じないほど、彼は能天気じゃない。悩んで、考えて、苦しんで、そうしてぼくに思いの丈をぶつけてくれたのだろう。なのにぼくは、何も返せない。何を返せばいいのか、分からない。

「……やっぱり、男同士だからか?」

「……! 違う、そうじゃない」

 違う。多分違う。きっと、違う。男だから無理だとかじゃなくて、そもそもそこまでちゃんと考えられていない。ぼくは、彼のことが好きなんだろうか。親友としてとかじゃなくて、恋人として。ぼくは今、ちゃんと恋出来ているのだろうか。せめてはっきり否定することが出来たなら、楽なのに。或いははっきり肯定出来たなら。ただ胸の奥が苦しいだけじゃ、何も分からないよ。こんなにも頭の中はうるさいのに、部屋の中は沈黙で満たされている。それが耐えがたくなって、荷物を持って逃げ出そうとした。

「それじゃ、えっと、ぼくは……」

 ドアの方を向く。必然的に彼に背を向ける。だから彼の動きを、彼の両腕がぼくを抱えるまで察知することが出来なかった。抱きしめられた、思いっきり。心臓が、大太鼓を叩いた時のような振動を、ぼくの中で発生させる。今まであれやこれやと散らかっていた言葉たちが、遂にひとつ残らず霧散した。

「えっと、えと、あの……」

「付き合えないならそれでも良い! どっちか分からないまんま、ずっと期待しちゃう方が辛いから!」

「でも、その……」

「答えてほしいんだ。伝えてほしい、お前がどう思ったのか。今お前の中にある言葉を!」

「…………!」



 彼を抱きしめた、その手首を掴まれる。彼は何も言わないまま、俺の手首を握ったその手をぐっと握った。何となく震えている気がして、思わず俺は力を緩めた。その隙に抜け出した彼は、そのまま俺の方を向いて……

——今度は、俺の番だった。










山根あきら様の企画『青ブラ文学部』お題「見つからない言葉」の参加作品です。