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【美しい結婚式】


2021年6月6日。
僕の地元香川県から600キロも離れた長野県軽井沢。初夏の軽井沢の朝はまだ少し肌寒い。
駅に降り立った時の、空気の鮮度の違いにはすぐに気がついた。



僕は今日この地で、また大きな挑戦の第一歩を踏み出すことになる。


『フリーウェディングキャプテン』


2021年3月より受注を開始したこのサービス。
結婚式場などの組織に在籍せず「唐木 裕介」として、ウェディングキャプテンのスキル一つで勝負をする。

ウェディング業界に、
そして未来の結婚式のために、
何か一つの気づきや選択肢を作りたかった。



結婚式に携わってきた11年間。
キャプテンやサービススタッフとして
目の前の結婚式をとにかく美しくしたい。
そして、その結婚式が誰かの心で生き続け、
未来を救うものであってほしい。

そう願い、一日も欠かさず追い求めてきたという自負はある。


そんな僕の心の奥から湧き出る、強い想いに気づいてくれた人がいた。
今日、僕をここに呼んだ人。


その人は、フリーウェディングプランナーの佐伯エリさん。



「clubhouse」という音声型SNSが巷で話題になり始めた今年の2月。
とあるルームで佐伯さんが僕を見つけて、DMをくれたのが始まり。


僕の追い求めてきた理想やビジョンに、佐伯さんは何かを感じてくれた。


「美しい結婚式」を創りたい。
「美しい結婚式」を増やしたい。


そして、佐伯さんは僕の仕事を一度も見る事なく、6月6日。今日のこの結婚式に僕をキャプテンとして呼ぶことを決めた。


僕もすぐに分かった。
佐伯さんは『結婚式』という答えもない、得体も知れないふわふわしたものを海のように深く潜り、想いながら、、

「どうすれば美しい結婚式は増えるのか?」
「どうすれば結婚式の未来は守られるのか?」
「どうすれば心の奥深くまで届く結婚式は創られるのか?」

いつだって、こうして問い続けてきた人なのだろうと。


二人はいつからか、clubhouse内で
通称「深海ルーム」というトークルームを立ち上げた。
同じ方向へ進みたいと願う二人が「プランナー」と「キャプテン」という全く正反対の視点から結婚式の在り方を問い、美しい進化を遂げる方法を考察するものだ。


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しかし、そのトークルームを終えた後は何故かいつもスッキリしない。スッキリするどころか、数日間、苦しい時間が伴うのだった。


答えのない問いに向き合い続ける苦しみ。
自身の無力さに気づく苦しみ。

大切なことを見失っていた自分に気づいた時の苦しみ。


まるで本当に深海に潜っているようだった。深海は暗くて怖い。そして冷たい。もし何かトラブルに遭えば危険だ。それでも、そこでしか見えないものは確実にある。だから、怖くても苦しくても潜り、泳ぎ続けた。何年ものあいだ追い求めてきた、美しくて優しい景色にいつか巡り逢うことを願って。



僕の新しい挑戦の日。
佐伯さんと初めて共に結婚式を創る日。
これが偶然にも重なった。



軽井沢駅からタクシーに乗り込み、僕は結婚式の会場に向かう。

沢山の背の高い木々に囲まれた森の中から、その大自然に美しく溶け込んだ装花やテーブル、椅子が見えた。僕よりも早く到着しているプランナーの佐伯さんをはじめ、クリエイターさん達が、それぞれの準備をテキパキと進めていた。

僕は、到着するとすぐに佐伯さんとの最終ミーティングを行う。

内容はすでに頭に入っていた。読まなくていいほどに。暗記をしたわけではない。
ただ、今日の結婚式や、まだお会いしていない新郎新婦様に何度も何度も想いを馳せて向き合ってきたからだ。

ミーティングが進むにつれて
とてつもないプレッシャーに
押し潰されそうになる弱い自分と、
必ず「美しい結婚式を創れる」
根拠のない自信を持つ強い自分
代わる代わる現れてくる。


結婚式の前日の夜から、ずっとその状態が続いていた。とても苦しかった。

この時にふと、頭の中をよぎったことがある。


「妥協できたなら、どれだけ楽になれるんだろうか?」


敢えて言うと、
パーティーを時間通りに進めることや、
文字で記された進行演出を
ただ「こなしていく」ことなら、
僕にとっては凄く「簡単」だ。

それでも、
ある一定の満足度は得られるだろうし、
時間も内容もカタチにできていれば、
お客様からクレームをもらうことだってない。
こんなに苦しむ必要もない。

「それでいいんだ」と思ってしまった瞬間、
「美しい結婚式」を求めなければ、
一気にこの苦しみからは解放される。

もちろん、
僕はこの弱さに負けたわけではない。
プレッシャーや苦しみと戦う自分を俯瞰で見ていたら、何故だろう?
結婚式直前のこんなタイミングで、
ふとそう思ったんだ。

11年間ブレずにここまで来たけれど、
それはそう簡単ではなかった。
こんな瞬間に何度も何度も打ち勝ってきたからだ。

相変わらず、結婚式に真っ直ぐに向き合っている僕を確認することができた。
そして、少しだけホッとしたの覚えている。



その後、新郎新婦様と初めてのご対面。
優しい表情の二人は「今日は遠い四国から来てくれたんですよね?宜しくお願いします。」と深々と僕に頭を下げた。

その二人の表情や言葉から、
プランナーの佐伯さんが
どうやって僕を紹介してくれたのかは、
おおよそ見当がついた。



その後、新郎新婦様や新婦お父様と挙式のリハーサルへ。
緊張する新郎新婦様を横目に、お父様は少し余裕げに笑顔を見せていた。
新郎新婦様や、ご家族の表情、お人柄を見ていたら、きっといい結婚式になるのだろうと確信できた。



ただ一つ。
ずっと拭えていない心配があった。


軽井沢の美しい森に、ポツポツと静かに降り注ぐ「雨」。
僕が到着して1時間。挙式開始までもう1時間を切っているというのに雨は一向にやんでくれない。何度もスマートフォンで1時間刻みの天気予報を確認した。

現場に居合わせたクリエイター全員が、
僕と同じように心の中では雨に対する不安を抱えていたのだろう。
しかし、誰一人としてその「決断」をプランナーに委ねることはなく、淡々と自らの役割を果たし、結婚式本番に向けての準備を進めていた。


挙式にいよいよ15分前と迫った頃。
挙式スペース、芝生の上に並べられたゲスト様の椅子。そこにかけられたブルーシートが外された。

スタッフの緊張感が一気に増したのが伝わってきて、僕の緊張感も増し、本番モードへとスッと切り替わる。


そして、10分前。
そこでなんと雨はぴたりと止んだ。
映画のワンシーンにしても
出来過ぎなその設定に正直驚いたが、
これで心配するものは無くなった。
あとは心置きなく、「美しい結婚式」を創り上げるだけだ。全ての準備は整った。



そしてここから、奇跡のような美しい景色を何度も目の当たりにする。


ウッドベース、ギター弾き語りの生演奏が鳴り始める。
司会を務めるプランナー佐伯さんの麗しく柔らかい言葉たち。
参列のご親族様は二人の姿を優しく見守り、微笑んでいる。
先ほどまで降り続いていた雨は上がり、
生い茂る木々の葉の隙間からは
木漏れ日が降り注ぐ。雨で濡れていた森はキラキラと輝き始めた。

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緊張は少しあったものの、
新郎新婦様もお父様も笑顔で入場した。
新郎新婦様が皆様の方へと振り返る。
そこで見守るご親族様と目を合わせるお二人。
司会の佐伯さんは「誓いの言葉」へと移る前に、お二人から事前にヒアリングしていた「お互いの好きなところ」を話し始めた。


ふと新郎新婦様に目をやると、新婦様の目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
そして、参列のご親族様も何人か微笑みながら、涙を拭っている。


僕はこれでも「場創り」のプロ。
これまで何千組というお客様の節目に携わってきた。もちろん、感動で涙するシーンも沢山見てきている。

しかし、この涙のシーンは僕の中で何かが違う気がした。

どうして新婦様がこんなに泣いているのか、
その理由が表面では見えない。
まだ開式の言葉を述べ、
お二人の印象を司会が話しているだけ。
新婦様はお父様とのバージンロードだって、
笑顔で進んでいた。


ただ、僕にはなんとなくだけど、
分かる気もした。


現場のプロとして
僕は敢えて「泣かない」ようにしている。
入り込みすぎると、俯瞰で見られなくなり、
時に判断力を鈍らせる。
そして、本当に泣きたい人が泣けなくなってしまうから。

そんな僕ですら、
実は涙を堪えることで必死だった。
入場シーンからずっと鳥肌がたったままだ。
ちょっとでも気を緩めてしまえば、
堪えきれなくなるのが分かっていた。


新緑の眩しい森の中で鳴り響く、美しい生演奏や、司会の言葉。バージンロードを歩く隣には
大好きなお父様がいて。その温かさから改めて
「こんなにも愛されてきたんだ」と気づく。
目の前には、自分をこの幸せな「場所」まで
無事に連れてきてくれた人たちが、優しく微笑みながら惜しみない拍手を送っている。
そして、堪えていた感情が溢れ出しそうなその瞬間に、これから人生を共に歩んでいくことを決めた大切な人が「大丈夫だよ」と、そっと背中に大きな手を当て支えてくれている。

そんな沢山の「人の想い」や美しい「素材」が混じり合い、
新婦様の心の奥にある何かを優しく刺激したのだと思う。

そんな感動的な空気に包まれたまま、挙式は無事に結んだ。
そして、そのままパーティーへと移る。


素晴らしい挙式の後ということもあり、
お客様の『感情曲線』が、パーティーの始まりとしては、ものすごく高い状態にあることを感じ取れた。

乾杯してすぐにお食事、歓談のお時間。
またもやここでも、生演奏がパーティ空間に花を添える。


ミュージシャンといえば、『表現者』だ。
ゲストの目も、耳も、本来なら「独り占め」したいものだ。
しかし、美しい音楽を奏でるミュージシャンの二人に視線が向けられることはない。それどころか、ゲストは音を意識して聴いているのかすら分からない。


ミュージシャンは事前にプランナーの佐伯さんから与えられた、「コンセプトシート」「人前式進行表」「パーティー進行表」という情報の中から想いを馳せ、イメージを沸かし、選曲している。

そして、この日は「結婚式」。
あくまでもミュージシャンの二人は
「BGM」に徹する。
それどころか、パーティー空間の中に、
音楽を「前面」に出さず、
ゲスト様の意識をこちら(ミュージシャン)に向けさせない。僕にはそう見えた。


こういったクリエイターの、
一つ一つの繊細な『想い』が美しい結婚式を創っている。




パーティー中盤に差し掛かった頃。
僕たちスタッフは、ケーキカットに向けて準備を進めていた。

この日のウェディングケーキを作ったのは、
イタリアンレストランのシェフをされている新婦のお兄様。新婦様のご要望で
「お兄様に何か一つ、結婚式の素材を一緒に作って欲しい」という声があったようだ。


これはプランナー佐伯さんから聞いた話だが。
新婦様が希望されていた
ウェディングケーキは、
お二人が大好きなミルクレープの
真っ白なケーキに、
赤いベリーソースをかけたシンプルなもの。
しかし、当日。
準備していた僕が見たものは、
ケーキ最上段に
ディズニーのキャラクター「デイジー」を描いたものだった。



僕はこれまでウェディングパーティーの中で、
ディズニキャラクターのケーキは何度も目にしてきた。
しかし、この時、どのディズニーケーキにも無い「特別」なものを感じた。


新婦お兄様が準備をしながらケーキを眺め、
優しく微笑んでこう言った。


「妹がね。昔からデイジーが大好きなんですよね。だから…。」


僕は、お兄様のたった一言と優しい表情から、
深い「愛」を見ることができた。



ケーキカットといえば、
以前「clubhouse」で佐伯さんとは真剣に向き合った。
どうすれば定番演出である「ケーキカット」を
観ている人に「テンプレ」と思わせず、
新郎新婦の想いを美しく届けることができるのか?と。



あれからも随分と悩み、考え続けた。

「初めての共同作業」
と言われるケーキカット。
これから人生を共に
手を取り合い歩いていく二人。
何年も先の未来で、
別の「共同作業」を二人でしていくのだろう。
その度にこの日のことを、景色を、
鮮明に思い出せるものにしてあげたい。

そのためにキャプテンとして僕は何ができるだろうか?
今まで僕が経験してきた何千回という、
ケーキカットの記憶を引っ張り出してきては、片付けて整理する。

そんなことをずっと頭の中でぐるぐると。
しかし、この日を迎えるまで、その解に辿り着けてはいなかった。


演奏が切り替わり、佐伯さんのコメントが入る。

新婦お兄様が、ウェディングケーキを持ってお二人のもとへと進む。
新婦様は目の前に現れたケーキを見て、その「全て」を受け取られた。
涙が溢れ出す新婦様。お兄様の愛で心の奥の感情が優しくほぐされていく。

その後、お兄様から新婦様へとお祝いのコメントを頂く。
ちょっとだけ照れ臭そうに優しく微笑み、
「幸せになってください」と。


そして、いよいよケーキカットへ。

ナイフの持ち方など、
いつもの口上をお伝えした後。
最後に、一言だけ加えた。
今まで一度も使ったことのない、
湧いてきた言葉だ。


「お互いの手の温もりをしっかりと感じて、大切な皆様をご覧ください。どうか目の前の景色を忘れないように、心を込めてご入刀くださいませ。」



パーティーの「ど真ん中」にいるキャプテンにしか見えない景色がある。


先ほどから続く、美しい森の景色や、生演奏。
目の前には「愛」を体現したウェディングケーキ。
新婦様の頬には涙の跡。まだ乾いていない。
新婦様の手を強く優しく包み込む新郎様の大きな手。
新郎新婦を微笑みながら見守り、涙を流しカメラを向けるご家族様。
新郎新婦の真横まで近づいてきて「おめでとう」と語りかけるご親族様。


僕はいつもケーキカットのその合図の瞬間まで、ナイフにかぶせたナフキンを取らずにお二人の傍にいる。
しかし、
この時だけは目の前に広がる景色を見て
【心に届く美しいケーキカット】が成立していると、そう思ったんだ。


「ここに、僕は必要ない。」と。


そして、僕は二人のもとを離れ、
新郎新婦とゲストだけの空間を用意した。


お二人は僕の合図が無くても「能動的」にナイフを入れ、それを見守るゲスト様は、この日一番の拍手で二人を包み込んだ。
俯瞰で見たその景色は本当に美しく、見ているだけでとても幸せだった。




そんな結婚式も、いよいよお開きへと向かう。


花嫁のお手紙も、記念品贈呈での熱いハグも。
やっぱりここでも「想い」と「想い」が何度も交錯する。

そして、最後のご退場。

「皆様への想いを噛み締めながら、ゆっくりと歩きましょう。」

そう新郎新婦に伝え、ゲストのお席をゆっくりと練り歩いた。
ここまで一度も涙を見せてなかった新郎様も、
新婦お父様のお席で会釈をした時に、一気に溢れ出した。
お父様の表情を見て、これから新婦を守っていくその責任を、強く噛み締めたのだろうか?


最後、ガーデンからレストランのエントランスに向けて退場していく。
先導していた僕は新郎新婦の方へと振り返る。
涙を拭いながら笑顔で僕を追いかけてくる新郎新婦。
その後ろには、二人の姿が見えなくなるまで送られる、
惜しみない拍手と、優しい表情。



僕はその景色を見て、とうとう堪えきれなくなった。

「お二人、お疲れ様でした。本当におめでとうございます。」

上手く声が出せずにいた僕を見て、
新婦様がクスッと笑う。



これで、無事に結婚式は結んだ。




余韻に浸りながら、僕たちはパーティー会場の片付けを進めていた。
そのガーデンの片隅では、
ゲスト様のお見送りを終えた新郎新婦が
ブライズルームに戻らず、立ったまま、
ずっとこっちを見ている。

「プランナーの佐伯をお待ちですか?」

気になった僕は二人に声をかけた。
すると、二人からは

「いえ。皆さんの片付けを見ているんです。私たち、今日ここで結婚式をしたんだなあって、いろいろと余韻に浸りながら。」

この日の【美しい結婚式】を物語る、そんな出来事だった。



「結婚式」にどれが一番だとか、
優劣をつけるつもりはない。
だけど、この『美しい結婚式』を
僕は一生忘れないのだろう。
この日見たものの全ては、
きっと僕を更なる高みへと連れていってくれる。




僕は「美しい」という
抽象的な言葉を敢えて、よく使う。


「美しい」ってなんだろう?
「美しい」の解釈は人によって違う。
そして「美しい」は底知れず、とても深い。


そのどこまでも深い美しさを、
僕は追い続けられる人でありたい。



新郎新婦の想い。ゲストの想い。
創り手の想い。
それらが何度も交錯し、
きちんと誰かの心に「届く」もの。
その時間はきっと、
未来で誰かの人生を救い、導いてくれる。


僕はそんな「美しい結婚式」を追い求めて
今日もまた、
結婚式の深い海の中へと潜っていく。


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