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【盲腸との闘いⅠ】キョンシー

それは、あまりにも突然訪れた。

午後のミーティング中、お腹のみぞおち部分の猛烈な痛みと吐き気に襲われたのだ。トイレへ駆け込もうとも思ったが、饒舌に話す先輩とスクリーンの前を横切らなければならない。下手に動いた方がリバースしてしまい、大惨事になる可能性がある。まだ移転してきたばかりのホコリひとつないオフィスを私の嘔吐物で汚すわけにはいかない。しばらく耐えるか……。

当然先輩の話など全くもってムーディー勝山状態である。右から来たものを左へ受け流さなければ、胃から来たものを机へ受け流してしまうだろう。そうすれば、このミーティングも中断せざるを得ず、チーム内全員で私の嘔吐物処理に追われ、このミーティングルームはしばらく使用禁止になる。それは絶対に阻止せねば。地上15階に構えるオフィスからの眺めをチラチラと横眼に見ながら気を逸らし、なんとか堪え抜いた。

ミーティング終了後、すぐさまトイレへ走っていきたい気持ちを抑え、まるでコップすれすれに注がれた水を運ぶようにしてトイレへと向かった。あんなにもリバースしそうだったのに、いざ便器を前にすると何も出てこない。ただひたすらに腹痛と吐き気に襲われるという拷問を個室トイレで受けていた。心配する先輩に適宜生存連絡を入れ、結局この闘いは40分にも及んだ。腹部に不快感を抱きつつもトイレを後にし、自分のデスクへ戻った。さすがにキョンシー並みに顔面を蒼白させた後輩をこのまま働かせるわけにはいかないと思ったのか、すぐ早退の許可が下り帰らされたのだった。


無事家には辿り着けたものの、その帰宅模様は想像するに無様だったろう。顔面キョンシーの20代女性がやや前傾姿勢でゆっくりと歩いて向かってくるのは恐怖そのものだ。気づけばシルバーカーを押しながら歩くおばあちゃんと並列して歩いていた。

「寝れば治る!」という理念のもと生きている人間なので、その後の記憶は夢の中である。夢なのか現実なのかイマイチ分別が付かないが、ベッドに横向きで寝ている状態で金縛り遭い、何者かが部屋の扉を開け入ってきたのだ。ゆっくりと私の寝ているベッドまで近づき、耳元でそっとささやいた。

『メガネいる?』

声を出すことも動くこともできない。背後にはまだメガネ要否を問うあの人の気配が残る。恐怖と拍子抜けの交じり合う感情を抱えた私は、なんとかして声を出そうとした。

『いらない!!!』

という自分の叫び声と同時に目が覚めたのである。なんて夢なんだ……。その後も吐き気で寝付けず、私は半休を取り、近くの診療所へと向かった。

つづく……

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