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ホワイト・シルバー・ダイブ

 さかのぼること2か月前の秋、世は空前の行楽シーズンとなっておりGOTOキャンペーンで人々がまだウォウォウしていた。SNSに盛んにアップロードされる旅行先でのグルメ、フォトジェニックを眺めながら、「俺もウォウォウしたいぜ」という気持ちは日々高まっていた。

 そんな折、LINEのサウナ部グループから、「今度北海道に用事があって、せっかくだから1週間北海道でテレワークしようと思うので、みんなで集まって白銀荘に行かないか?」という声がかかった。北海道でテレワークってお前...無法か...と愕然としながら、しかし「白銀荘」というキーワードは大変、魅力的である。

 白銀荘というのはサウナ愛好家の間では「北の聖地」と呼ばれるたいへん有名なサウナスポットで、富良野の山奥にある温泉である。特徴として、「雪の中にダイブできる露天風呂」というのがあり、「水風呂は冷たいのが気持ち良い」という定説に従って言えば、気持ち良すぎるに決まっているという事が容易に想像できる場所だ。

 魅力的な提案ではあるものの、北海道に行くためにそこそこまとまった休みを捻出しなければならないと思うと少し気が重く、返事しにくいと思っていた。ただ、色々考えて「今行かなければ二度目は無いかもなぁ」と思い至り、「行きます」と返事した。仕事なんてのはどうにでもなるんだよ!

 こうして仕事の予定を大幅に圧縮して休日出勤を連発し、ついに念願の4連休を錬成することに成功した俺は、ちょっと仕留め損ねたタスクや憂鬱なリマインドメールをガン無視し、意気揚々と空港に向かった。(仕事なんてのはどうにでもなるんだよ!)

 今回北海道の旅行をともにする友人2人と予定が合わず、3泊4日の旅程の初日はひとりで札幌で遊ぶことになった。北海道自体はフェスのためにほぼ毎年行っているので、札幌(すすきの)そのものは特段新鮮というものではなかったけれども、ひとりで過ごす札幌というのははじめてで、かなり胸躍った。

 そうはいっても昼から札幌で遊ぶにしても、昼間から繁華街に用事があるわけでもないので、空港発の特急列車では札幌で降りずにそのまま1時間ほど先にある小樽を目指すことにした。小樽といえばあれだ...なんかイクラとか、まあなんかあるだろうという大変アバウトな感覚に従っての行動だったが、時間はたくさんあるので気にしない。

 小樽に向かう車窓から空を覗き見て、どんより曇った空模様と周囲の暗さに驚く。曇りとはいえ夕暮れ前のような空。また、目の前には鈍色にひかる海が見えて、とても心細い。こういう心細さも一人旅の味だよなぁと考えながら、ケータイに視線を戻して小樽のことを調べていた。

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 座りっぱなしで痛み始めた腰をさすりながら降り立った土地、小樽。美しい運河のある街であるというホームページの謳い文句をおもえば、拍子抜けするほど駅前の風景は普通の町だ。「なんかこう見知らぬ土地感が無いな」と思いながら左右を見回すと、「三角市場」というのぼりが目に留まった。

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 曇天の下ではためく「三角市場」「ズバリ安い」というのぼりと、錆びた看板。細長く狭小な商店のたたずまいに、「本当に大丈夫なのか!?!?」という不安がよぎる。ただ、そうはいっても小樽に来て市場に行かないという手は実際なく、おそるおそる扉を開けた。

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 なんという驚きのおさかな天国! 何もかもが大きい! 「これが世に言う、北海道はでっかいどう!!!」と興奮を隠せない。俺が小人になってしまったのだろうか? こんなに大きなシャコエビってあるんだ...てかタラバガニって生きてるとこんな感じなんだという衝撃が怒涛のように押し寄せる。閑散とした駅前の光景とは打って変わって、市場の中は平日とは思えない活況で、狭い通路では同じ観光客の合間を縫うようにして歩かなければいけないほどだった。

 一気にギンギンに興奮してしまった俺は、あちこちをキョロキョロ眺めまわして商店をずんずん進んでいった。商店の店員がしきりに声をかけるが、おれは目をそらす。曲がりなりにも天下の台所である大阪から来ており、こういった市場も知っている。チョロい観光客と思われれば、焼いたカニの足を1000円で売られるのである。

 ものの3分で商店街は途切れて、外でおれは一度大きく息を吸って、吐き出した。こ、これはやられる...こんな所に長居をしてしまっては、俺はたちまち、みぐるみを剥がれてしまう! 悪魔的誘惑の商店街におののく気持ちをいったん落ち着かせ、おれは改めて食べログを開く。日々「グルメを楽しむのにアプリに頼る人間に、神は微笑まない」という信念に基づいて行動してはいるものの、やっぱりこういう所で地雷は引きたくないじゃないですか。信念は、曲げるためにある!

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 こうして入った市場の食堂でメニューを開き、豪華絢爛な海鮮丼のメニュー表に目を輝かせる。昼から飲める仕様なので、ビールにツマミというのもありだ。しかし驚くべきはその単価。リーズナブルな丼でも2000円は下らないという修羅の国のようなプライシングに、いささか気おくれしてしまう。

 俺のグルメ・CPUは煙を上げるように激しくクロックアップしながらこの商店における最適解を計算していた。まずは刺身やシャコのようなアテと共にビール、焼き魚などを挟んで海鮮丼でシメるか? いや、そんなことをしては晩御飯が食べられなくなってしまう。30代の胃腸は限りある貴重な資源なのだ。となればこそ、俺はこの凄そうな「おまかせ海鮮丼」を選ぶ! もうむちゃくちゃにしてくれ!!!

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 ウギャアアアアアアア!!! 狂人の海鮮丼だ!!!!!!!

 全方位どこから食ってもうまいであろう狂人の海鮮丼、そのお値段4,000円! その予算で回らない寿司が食えると思うとちょっとアレだが、それにしれもこの圧倒的なビジュアルの前では全ての銭勘定がフリーズしてしまっても仕方がない。なんという、神々しさすら覚える盛りであることか。

 ボタンエビの頭を外して、味噌をズルリと吸い出す。濃厚な甘みに肩が震える。わさびをたっぷりの醤油でといて、かけて、グッと箸でメシと刺身を持ち上げて口に運ぶや、全ての思考が一斉に停止してしまった。オレ、海鮮丼でととのっちゃった...丼の向こう側にゆらめくオーロラに、心は完全に奪われた...

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 一時的な記憶喪失が発生してしまったかと錯覚するように、気が付けば丼の中身はカラッポ。夢のような丼だった...すごい...とふらふら店を出て、小樽観光に繰り出す。「小樽といえば運河です」という観光客向けホームページの記事をたよりに小樽運河の近くまできたものの、ただただ、運河だったので「運河だなぁ」とだけ思って、適当にステンドグラス館等に入って美術鑑賞の時間を過ごした。

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 特にじっくり遊ぶ場所もなく、胡乱な昆布屋の看板(楊貴妃も愛好していた! みたいな事が書いてある)を眺めたりしながら街を散策し、気が付いた頃には夕方。「海鮮丼はすごかったなぁ」と思いながら、札幌へと戻った。

 夜は札幌旅行の時は必ずみんなで行くジンギスカン屋で飲み食いして、はやばやと宿に戻って翌日を迎える事にした。

 2日目。午前中に札幌市街を散歩して過ごし、昼過ぎに到着した発起人であるヤスミと合流した。3人目のメンバーであるA吉は夕方頃につくとかで、暇つぶしにジャズ喫茶でだらだらハイボールを飲みながら近況を話したりしていた。

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 そうしてメンバー全員が合流し、これまた「定番」の場所となった居酒屋で名物の塩ジンギスカンやら山海の美味の類をモリモリと食べた。「いよいよ明日は白銀荘だねえ」と話しながら、一同で期待を膨らませる。

 腹いっぱい飲み食いした後、行く場所はもちろんサウナである。すすきのには「ニコーリフレ」という、これまた北海道の人気サウナがある。北海道旅行の際は必ずここに泊まるのだけれども、今回は旅行券とセットでとった宿が別の場所だったので今回は入浴だけ。

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 例によってサウナに入ってしまうと浴場の様子がいまいち伝わらないので、今回もサウナの猫ことサウニャのイラストをもとに状況を説明していこう。大量に酒と飯を腹に入れ、パンパンになった腹をさすりながら浴場入りした俺たちだったが、人の多さにまず驚いた。GOTOトラベルの時期だとはいっても11月というややオフシーズンという時期であり、外は人出も多くなかったというのに、浴場では所狭しと人々が入浴を楽しんでいる。

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 身体を洗い始めたくらいの時間に、サウナ室の前から「もうすぐロウリュウタイムです」という呼び声が聞こえる。それを聞きつけたサウナ目当ての客たちが、瞬く間にサウナ室前に行列を作り始めた。サウナブームとはいえこれほどか! 「俺の知ってるニコーリフレじゃない!」と、もはや10年来のニコーリフレ常連となったヤスミが口惜しそうに行列を眺める。

 洗体を急いではやくロウリュウに行かねば! と、サっと身体を洗い流して列に並ぶ。(ロウリュウとは? という方には以前の記事を参考にされたし)しかし、スタッフからは「あと2名で定員です」と無慈悲な宣告を受け、ジャンケンで誰が入るか決める事になった。

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 ジャンケンでみじめに敗北した俺は、しぶしぶ誰もいないスチームサウナで温まる事にした。ちょっとぬるい。一応健康作用があるという石の椅子に腰かけて発汗のときを待つ。しかし、いっこうに身体がアチチになる気配が無い。こういう時どうしたらいいのかな...とぼんやり考えて、ある一案が浮かんだ。「そうだ、空気を循環させれば体感温度が上がる!」

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  ロウリュウで覚えたこの知識を活用してセルフ・アウフグースを決行! パタパタとタオルで室内をあおぐことによって空気は循環し、目論見通り室内はカっとした熱に満たされる。スチームサウナの極意、心得たり! 室内に充満する熱気を口でゆっくり吸いこみ、心地よい汗が流れるのを楽しんだ。死中に活あり! これがオレのサ道だってばよ!

 木炭で濾過された清浄っぽい感じの冷え冷えの水風呂につかり、ベンチで休憩。ニコーリフレでは外気浴できるスポットは無いが、サ室と水風呂が高水準であることから十分にリラックス効果を得ることができる。 ロウリュウタイムが終わり閑散としたサ室で、先ほどのリベンジといわんばかりにカンカンに身体を暖める。入って中央に鎮座するサウナストーンが神々しい。ニコーリフレ、やっぱサイコ~~~~~~~~~~~!!!

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 3セット終えてツヤツヤしながら、はてヤスミとA吉はどこにおるんや? と浴場内を見回すと、そこにはチェアの上で変わり果てた2人の姿が...ととのい過ぎやろ君たちイ! まだ主目的の白銀荘に行っていないのに、もうこんな大満足をしてしまって...白銀荘についたら、俺たちはいったいどうなってしまうんだろうか!? こうして2日目を大往生で終えた我々サウナ部は、いよいよ3日目の白銀荘宿泊を迎えようとしていた...(つづく)

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