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みやいちさん

わたしが子どもの頃、祖父のところで働いていた人の中に、みやいちさんというおじさんがいた。
今の自分の年齢から逆算すると、当時で多分40前後だったのだろうか。みやいちさんは普段はとてもまじめで人が良く、わたしたち3人きょうだいのことを、ぼっちゃん、じょうちゃんと呼び、夏休みに祖父の家に遊びに行った時などには、相撲をとったり、川で泳いだりと、一緒に遊んでくれたりもした。
けれどそんなみやいちさんにはもうひとつ普段の姿からは想像できない、まったく別の顔があった。みやいちさんはいわゆる酒乱だった。
幸いなことに、暴力をふるうようなタイプの攻撃的な酒乱ではなかったのだけれど、酒に酔ったみやいちさんといえば、すわった目で口から唾を飛ばしながら、愚にもつかないことをろれつの回らない口で、延々と大声で話し続ける、迷惑この上ないおじさんに変貌してしまうという、まことに好ましからざる酒癖の持ち主だった。

特に仕事が休みになる盆正月ともなると、みやいちさんは明らかに一杯どころではない、かなりきこしめしたご様子で、がららと祖父の家の玄関の引き戸を開け、ずんずん土間を横切り 「旦那さんおられるか?こりゃどうもじょうちゃん、奥さんも、皆さんお揃いで。どうもいやまあ、まことに明けましておめでとうございます」 などと居合わせたわたしたちに上機嫌で挨拶をし、おもむろにあがり框に腰をかけると、近所の八百屋で買ってきたと思しき苺のパックなどをお年賀に差し出して、延々とわけのわからない与太話を始めるのが習いだった。
祖父はまた面倒くさいのが来たといったふうに素知らぬ顔で、常にNHKにチューンされたテレビなどを見るふりをしており、父は関わり合いになってはかなわんとそそくさと奥の部屋へと避難、その場を逃げ出し、仕方なく残された母が嫁の務めとして、いつ果てるとも知れぬ、みやいちさんのべらんめぇ調の話を、はいはいと笑顔で聞くのが盆正月の定番だった。

そうこうするうちに、業を煮やした祖父が 「みやいち、もうそろそろ帰って寝たらどうだ」 と引導を渡し、それでもなんだかんだと粘るみやいちさんに、「もう帰って寝ろ。あんまり飲んでふらふらするな」 ととどめを刺す。さすがのみやいちさんも祖父の雷にはかなわず、少ししょんぼりした顔で腰を上げると 「それじゃ、旦那、すみませんね。奥さん、ごちそうさまでございました。おじょうちゃん。うるさくてごめんね」とぺこぺこ頭を下げて、帰ってゆく。帰って行く先が自分の家なのか、はたまた次の犠牲者となる他人の家なのか。それは謎だった。

みやいちさんが帰ると、奥の部屋に避難していた父が戻って来る。
「みやいちさんの奥さんは大変だね」母がため息まじりに笑いながら言う。
「みやいちの奴、この間○○(隣の市)で酒飲んで酔っ払って、パトカーで家まで送ってもらって帰ってきたらしい。警官ふたり前に乗って、みやいちひとり後ろの座席にのせて。警官も、みやいちの与太話聞いてたらさぞかし面白くて退屈もしんかっただろうよ」父が笑いながら言った。
いくら田舎とはいえ、酔っぱらいをパトカーに乗せて、結構な距離にも関わらず、家まで親切に送り届けてくれるなんて随分といい時代だったんだろう。

「みやいちさんちゃんと家にかえれたかねえ。酔っぱらってどっかでひっくり返ってないかねえ」心配そうにする母に「みやいちの奴、まだ大人しく家になんか帰らんぞ。こないだも、酔っぱらってうちでさんざん喋ったあとパーマ屋のおばあのとこに行ってそこでまたさんざん長話してったらしい。パーマ屋のおばあ怒っとったわ。」と父はまたも笑いながら言った。


 ある年、小学校の高学年くらいになっていた兄が、例のごとく、みやいちさんがやって来て帰って行ったあとに、母に尋ねた。「みやいちさんっていつもああなの?」
 「まさか。お酒飲んでない時は、すごく気が小さくて真面目な人だよ。あれはお酒飲んだ時だけ。あんたたちは酔っぱらった時しか見てないから」
「ううん、オレ覚えてるよ。オレたちがもっと小さかったころみやいちさんが相撲とって遊んでくれたの。あのときは確かに普通だったけど。じゃあ、あれが本当のみやいちさんかぁ・・・」子供のくせに、兄は妙に感慨深げに言った。

 それから何年もたち、結婚をしたわたしが新婚旅行から帰ってきた翌日に祖父が亡くなった。
お葬式で久しぶりに会ったみやいちさんはもうだいぶん歳を取っていたけれど、ぼろぼろ涙を流して泣きながら祖父のお棺をかついでくれた。みやいちさんらしい嘘のない本当の涙だなと、そう思った。

祖父の葬式が終わってしばらく後、何かの折に父が「みやいちの家をなんとかしてやらんといかんな。ちょっとなおしてやらんと。あれじゃみやいちが死んでも棺桶も入らん」と言った。けれど、その半年後、父も亡くなった。

いつだったか母とふたり祖父の墓参りに行った帰り道、寺のすぐわきに立つ、みやいちさんが住んでいた長屋の前を通りかかった折に、ふとそんなこんなを思い出した。 
父が亡くなって以降、家族の中でみやいちさんのことが話題に上ったことは一度もない。多分もう、みやいちさんも亡くなっているのだろう。


川岸で羨ましそうに見ているわたしに、「じょうちゃんは女の子だから、よそうね」とすまなそうに言いながら、楽し気に川で遊ぶ兄と弟とみやいちさんの姿が今でもまるで写真のように、しっかりとそれでもずいぶん遠く、わたしの記憶に焼き付いている。

#創作大賞2023 #エッセイ部門


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