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南伊豆紀行(3)「会いに行く場所と人」

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昨晩の深酒を物ともせず、心地よい目覚めだった。時刻を確認すると午前5時前。隣の布団で横になっている幼馴染のNの寝息と、開けたままになっている窓から鳥たちの鳴く声が重なって聞こえる。薄く光を伸ばし始めたばかりの少し湿った早朝の空気が肺の中に入ってくる。

昨夜、インターンに来ていた方との話の流れで、彼女らが毎朝やっているというモーニングルーティンに参加させていただくことになったが、まだそれまで時間がたっぷりある。僕はできるだけ音をたてないように着替えて部屋を出た。

朝日はまだ低い位置にあって、山のふもとを流れている川沿いの通りでは猫たちが欠伸をしていた。昨日は宿から温泉に向かう道中は真っ暗で何も見えなかったが、道に沿って並ぶ桜の木々や川の岩の上で羽を乾かすカワウなど、ここに暮らす動物たちがそれぞれの朝を始めていた。川沿いを自転車で進み続けると海に出る。

弓ヶ浜という名前のとおりカーブを描いて広がる海岸線には、ヨガをする女性や砂浜に座って海を眺める二人組、裸足になって砂浜を歩く老夫婦がそれぞれの朝を過ごしている。僕も履いてきたサンダルを脱いで波打ち際を歩くと、誰かの朝の夢が溶け出したように穏やかな風が肌の上をなぞる。


宿に戻ったのは7時前。町が夏の熱気を帯び始めるまでまだ少し時間がある。Nが起きてから、宿の人たちとラジオ体操をしてモーニングルーティンをする。思ったっことを文章や声にして外側に出す練習として、モーニングページも行った。

この日は朝食の後、「南伊豆くらし図鑑」というイッテツさんが作った南伊豆の暮らしを体験するプロジェクトに参加する予定だ。それぞれ素材とストーリーにこだわった朝食のパンとコーヒーとジャムをゆっくり味わっていると、思っていた以上に時間がなくなってしまった。ばたばたとチェックアウトの準備を済ませ、宿に荷物を預けて自転車で出発。

20以上の体験プログラムの中から今回僕たちが選んだのは、ジオガイドの方と自然を探検するプラン。どれも面白そうなプランばかりだったけれども、その土地で暮らす人と自然の中でたくさん話せそうなものを選んだ。

ジオガイドの高橋さんと合流すると、さっそく探検が始まった。朝に一人で来た時よりもすっかり陽射しが強くなり、まだ始まったばかりだというのにTシャツに汗がにじむ。海にも海水浴にやってきた人たちがパラソルを広げて、楽しそうな声が聞こえる。

「男性二人を案内するのは初めてなんです」

その時は少し不安そうにそう言った高橋さんだったけれど、探検が始まると知らないことばかりの僕たちは、自然を通じて高橋さんとたくさんお話をする。弓ヶ浜の地形の歴史や、変わった形の岩肌がどのようにしてできたか。海水浴に訪れただけでは決して知りえないような自然を見る視点が語られるにつれて、僕たちも目に映るものすべてが新鮮に、そして謎めいて感じられ、僕たちが質問をするたびに高橋さんは楽しそうに教えてくれた。

山の上のタライ岬を目指すあいだには、変わった植物がたくさんあって、足を止めてルーペを使ってそれを観察する。パッと見ただけではわからないようなそれぞれ植物の特徴を聞きながら、どんどんと山の上へと進んでいく。

伊豆半島の土地の特徴として山と海が近い位置にあるため、山を登って山頂の開けた場所へ出ると、息をのむようなオーシャンビューが広がった。たくさんの緑に囲まれた山から、水平線まで見渡すことのできる青い海にいきなり出ると、僕たちは思わず声を上げて喜んだ。その日は風が強く、晴天の下で岩肌を打ち付ける大きな波を飛沫をずっと見ていた。

普段なら互いに写真を取り合ったりしない僕たちも、思わず交代しながら海を背景に写真を撮った。あんまり僕たちがはしゃぎすぎていたせいか、高橋さんが「私も撮ってほしい!」と言ってきたのがなんだか面白かった。たくさん自然を歩いてきた高橋さんもまた、ここに暮らす一人として、この自然を愛しているのがとても伝わってきて温かい気持ちになった。この時、僕が自分のスマホで撮った高橋さんの写真は、この旅の中で僕が撮った写真のなかでも一番のお気に入りだ。

ジオガイドの高橋さん(タライ岬にて)


高橋さんが持ってきていたカバンの中から、取り出したメロンも南伊豆の特産品で、温泉の熱を利用して作られたものだという。口の中に運ぶと、甘みがいっきに全身に広がっていく。水筒から入れてくれたお茶を飲みながら、いろいろとお話をした。12時が過ぎて、もともと予定していたプログラムの時間を過ぎても、僕たちはずっと話していた。

仕事の話、家族の話、これからの話。

自然に触れて、暮らしに触れて、人に触れる。

出会ってからまだそんなに時間が経っていないのに、いつの間にか長い付き合いみたいな関係に思えて、たくさん話をした。そんな僕たちの話の中には、この場所でまたいつかこうやって話をできたらいいなという気持ちがあった。

観光と移住のあいだの「また来ます」の関係性。全く知らなかった場所で出会う人と人の間にできる関係性が「ローカル×ローカル」。イッテツさんがYouTubeで言っていた関係がここにもまた生まれた気がした。

次に僕が南伊豆を訪れるときは、どんな話ができるんだろう。この旅はイッテツさんの言葉を聞いて何も知らないままやってきた場所だけど、こうやって暮らしを通じて触れ合った人がいて、自然があって、この旅の思い出とこれから僕が出会っていく人たちの話をいつかまた、高橋さんとこうやって笑いながらおしゃべりをしに来よう。こんな風にいろんな場所で、いろんな人同士がつながって、何かに迷ったり落ち込んだ時にふらっとやってこれる場所がもっとたくさん増えるといいな。

ハートの形の洞窟、竜宮窟


(おわり)



暮らし体験プログラム 南伊豆くらし図鑑

https://minamiizu.fun/index.html

※東京都の緊急事態宣言を踏まえて、今回はPCR検査をしてから南伊豆に行きました。現地でも感染対策を徹底して、食事や会話の際にはできる限り人と距離を取っています。


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