【絵本風小説】きみがだいすき【月刊アートPJ】
ぼくのあさは、おじさんがつけてくれるあかりではじまる。
おはよう、おはよう、ってまわりのおともだちにこえをかける。
しばらくすると、ちいさなこどもたちが、おかあさんにてをひかれて、やってくる。
ぼくたちをキラキラしたまあるいおめめで、みて、ぺたぺたさわって、おかあさんにいうんだ。
「ママ~! これ!」
おかあさんが「しょうがないわねえ」といって、おともだちをつれていく。
そんなときのおともだちは、ボタンでできたおめめをピカピカさせて、くろいけなみをほこらしげに、おわかれをいうんだ。
「バイバイ! バイバイ! しあわせ~!」
ぼくはてをふりたいけれど、うごけないから、「しあわせ!」とかえす。
「しあわせ」ってすてきなことば。
おかあさんとこどものあいだの、きいろっぽい、すてきないろのこと。
ぼくもはやく、しあわせになりたいな。
ぼくをつれていってくれるのは、どんなこだろう。
ふっくらしたほっぺの、おんなのこかな。
げんきいっぱいの、おとこのこかな。
おんなのこなら、いいなあ。やさしくて、いいにおいで、やわらかいおんなのこ。ぎゅってしてくれたら、ぼくもこころのなかで、ぎゅってかえすの。
まいにち、まいにち。
とおりすぎていくこどもたち。
うまれてからずーっといっしょだったおともだちたちが、どんどんいなくなっていく。
つぎはぼくのばんかな?
こどもがぼくたちをみるたびに、ドキドキするけれど、ぼくのばんはまだみたいだった。
このまま、だれにもえらばれなかったら、どうなるんだろう?
ちょっとこわいけれど、だいじょうぶだよね。
だって、ぼくはピンとしたおみみと、キラキラしたボタンのおめめ。つやつやのくろいけなみに、ぷっくりしたおなかをもってるんだ。
まあ、おともだちも、みんなおなじだけど……。
でも、ぼくのことをだいすきになってくれるこが、どこかにきっといるはず。
まいにちぼくをナデナデして、どこにでもつれてって、ぎゅってして、よるはいっしょにおねんねするの。
でも、それからもぼくはぜんぜん、つれてってもらえなくて。
ほかのこと、なにがちがうのかな?
もしかして、しらないあいだに、よごれちゃったのかな? ママたちがちょっとしっぱいして、おみみがまがってついてるのかしら。
むねがズンとするけれど、おともだちは「そんなことないよ、みんないっしょだよ」といってくれる。
そのこも、きのう、「しあわせ~!」といいながら、はきはきしたおんなのこに、つれられていった。
あたらしいおうちで、しあわせになってね!
ちょっとのあいだ、うれしくてむねがふくれるんだけれど、おともだちがいなくなると、ぼくのよこはちょっとさみしい。
あるひ、おじさんがきて、ふぅとためいき。
「このシリーズも、なかなかうれなくなったな。もう、はやってないのかな?」
ぼくは、はやってないの?
まだしあわせになってないのに、あきられちゃったの?
だれも、ぼくをだいすきになってくれないのかな。
ふあんで、こわくて、ふるえちゃいそう。ぼくも、おじさんみたいに、うごけたらいいのに。
おじさんのてがのびて、ぼくと、もうひとつのこったおともだちとまとめて、ぎゅっとつかまれた。
いたい! いたいよ!
とつぜんほうりだされる。おみせのまえにあるしろいワゴンのなかにころがっていた。
そこには、ほかにもいっぱい、いろんなしゅるいのおともだちがいた。ぼくとおなじねこちゃん、わんちゃん、おさるさん、ほかにもいっぱい。
いてて。らんぼうにつかむから、おひげがまがって、じんじんして、いたかった。
いっしょにほうりだされたおともだちがわめく。
「わあ! ぼくのけがわ、おじさんのてのクリームで、よごれちゃったよ! きみのおひげは、いっぽん、まがっちゃったよ!」
ええ、それはたいへんだ!
ぼくは、おててをのばして、おひげをまっすぐにしたかったけれど、うごけないから、それもできない。
どうしよう? おひげがまがっても、だれか、ぼくをだいすきになってくれるかな?
ぼくは、いっしょう、だれにもあいされないの?
パニックになって、ヒンヒンないたけれど、ほんとうになみだがでるわけじゃない。
ぼくのしたでつぶされてるおさるさんが、キィキィとないた。
「ねこさん、ねこさん。ないたってむださ。ここにはいったら、さいご。だれのとくべつにもなれないのさ」
「どうして? どこにいたって、ぼくたちは、かわいいよ」
「かんけいないさ。ぼくたちは、せいぜい、ついでのおみやげていどだ。ラッピングだって、してもらえないんだ」
「ええっ。ラッピング、してもらえないの……」
ごうかなつつみがみに、ほこらしげなリボン。あれにつつまれたおともだちは、とってもすてきにみえるのに。ぼくは、ラッピング、してもらえないんだ……。
おちこんでしまう。ううん、ラッピングしてもらえなくても、とくべつじゃなくても、だれかがぼくをあいしてくれるなら、それでいいんだ。
でも、おひげがまがったぼくをすきになってくれるこどもなんて、ほんとうにいるのかな。
ぼくがもといたばしょには、おしゃまなかおの、あおいおめめのスコティッシュフォールドがならんでる。あのことくらべると、ぼくのボタンのおめめは、なんだかふるくさいかも。
ずっとこのまま、おみせのすみで、わすれられるんだ。
おさるさんがわらった。
「わすれられるだけなら、マシってもんさ。たまにこのワゴンのなかみは、からっぽになるんだぜ。まえのれんちゅうは、しろいふくろにいれられて、どこかにつれてかれた」
「つれていかれたあと、どうなっちゃうの?」
「さぁな。でも、おじさんにゴミってよばれてたよ。だから、いまごろ、このよにいないんじゃないか」
「それって、いたいの? くるしいの?」
「いたいし、くるしいにきまってるさ! だれにもあいされず、しあわせにもなれないまま、ゴミとしてしぬんだから!」
ぼくのきもちはズンとおちこんだまま、もどってこなかった。ゴミになって、しんでしまうなんて、なんてみじめなんだろう。
ぼくたちは、あいされるために、うまれてきたのに。だれもしあわせにできないで、きえてしまうなんて。
ほんとうにゴミじゃないか。
おちこんだまま、なんにちかたった。
なんにんか、ぼくをてにとってくれるこどももいたけれど、おひげがまがってるのにきづくと、ポイとすてられる。ぼくは、また、なきたくなったけれど、グッとこらえた。
あるひ、めずらしく、おとなのおんなのひとがとおりかかった。はいいろのスーツをきて、おもそうなかばんをひきずってる。
そのおねえさんは、すごく、すごくつかれているみたいだった。めのしたに、クレヨンでぬったみたいな、おおきなクマがあって、せなかは、ぼくのおひげよりもまがっている。
おねえさんはむぞうさにワゴンのなかにてをつっこんで、おさるさんや、 わんちゃんをほうりだし、ぼくをつかんだ。
おねえさんのてのなかで、ぼくはあかりにてらされて、じっとみつめられる。
ぼくの(そうぞうの)しんぞうが、おおきなおとをたてる。
おねえさんはめをほそくして、ぼくをまわした。
ちょっときたいしたんだ。
おねえさんは、つかれてるから、おひげがまがってるのに、きづかないかもしれないでしょ。
きのまよいでもいいから。すぐにあきて、すててしまってもいいから。いちどだけ、つれてかえって、ぼくをだいじだって、ぎゅってしてほしい。
でもおねえさんは、ぼくのまがったおひげを、ふきげんそうにみて、フンといいながら、ぼくをワゴンのなかに、ほうりだした。
ぼくはほんとうにがっかりする。
それからも、ぼくをつれてってくれるひとはいなくて、ぼくはだんだんと、ワゴンのおくそこにしずんでいく。
ますますだれにもみてもらえなくなって、つれてってもらうどころか、だきあげられることもなくて、さむくて、さみしい。
でもおねえさんは、それからもたまにやってきて、ぼくやおともだちをながめては、おはなをならして、とおりすぎていくようになった。
あるひ、おねえさんは、ワゴンのなかをあさって、あたらしいおともだちがいないかさがしながら、ぼくをみかけると、かならずめをほそめ、まがったおひげをそっとなでてくれる。
でも、おひげはまがってからじかんがたってるし、ワゴンのなかでぎゅうぎゅうおされたから、もうもとにはもどらなかった。
おねえさんはためいきをついて、ぼくをめだつところにほうりだしたあと、さっていく。
おねえさんは、ぼくをきにしてくれてるのかな。でも、ぼくは『ふりょうひん』だもんね。つれてってくれるのはむりだろうけど、ぼくをみて、おねえさんがすこしでも、いやされてくれたらいいのに。
おねえさんは、ひにひに、つかれていくみたいだった。どんどんせなかがまがって、どんよりして、くろっぽい、しあわせとはんたいのいろになってる。
きゅうに、おねえさんがこなくなった。
どうしたんだろう。ぼくたちがきらいになっちゃったのかな。それとも、おしごとがいそがしいのかな。まさか、ごびょうきなのかな?
ぼくは、おねえさんのことがしんぱいで、(こころのなかで)ワゴンからみをのりだして、おきゃくさんをながめた。
あしがうごいたら、いいのにな。
そうしたら、おねえさんのおててにだきついて、ぼくのおなかをくっつけてあげるのに。ぼくはフワフワだから、おねえさんのつかれも、きっととれるはず。
そんなあるひ、おみせのおじさんがやってきて、ワゴンをみおろした。
「もうそうろそろ、いれかえどきかな?」
おさるさんが、キキッとわらう。
「いよいよオレたちも、おわりみたいだな」
「おわりって、なぁに?」
「ゴミになるってことさ」
ぼくは、ずっとそのことについてかんがえていたから、もうこわくはなかった。でも、さいごに、つかれたおねえさんがどうしてるのか、ぼくがいないことにきづいて、ちょっとでもかなしまないか、それだけがきになったんだ。
おねえさんが、げんきだったらいいな。ごびょうきじゃなければいいな。わらったかおをみたことないけれど、ぼくのみてないところで、えがおならいいな。
ぼくはそのひのよる、ずっといのってた。あしたには、もうぼくたちはいないかもしれないけれど、もしいるなら、おもちゃのかみさまが、ぼくのねがいをきいてくれますように。
つぎのひも、いつもとおなじようにすぎていく。
へいてんじかんがちかづいたとき、おみせのおじさんが、しろいふくろをもって、ちかづいてきた。
ああ、あれが、おさるさんがいってた、ふくろなんだ。あれにつめられて、ぼくたちは、どこかにつれられていっちゃうんだ。
さみしいな、こわいな。
でも、しょうがないよね。ぼくは、おひげのまがったふりょうひんだから。しあわせになれなくても、しかたないんだ。
おじさんがちかづいてくると、ワゴンのなかが、ざわざわする。
「こわいよ、こわいよ」「いやだよぉ」「たすけて」
「あのぉ」
いつのまにか、つかれたおねえさんがたっていた。
おじさんがかおをあげる。
「はい、おきゃくさん。どうしました?」
おねえさんは、まえにみたときよりも、ずっとずっと、つかれているみたいだった。かおのいろが、ねんどみたいにしろい。カッサカサのくちびるでおじさんとはなしている。
「そのこたち、どうするんです?」
「ああ、きょうでいれかえて、ほかのしょうひんを、おこうとおもいまして」
「……すてちゃうんですか?」
「ええ、まあ。きふしたり、リサイクルするぶんもありますけど、だいたいは、そうですね。そうだ、おきゃくさん、これもえんです。さらにはんがくにしますよ。どれかおかいあげになりますか?」
ぼくたちは、いっせいにざわめいた。
「ぼくだ、ぼくだ」「わたしは、とってもなでごこちがいいのよ!」「ふわふわかんなら、まけないぞ!」
ぼくは、いのるようなきもちで、おねえさんがひとつひとつ、おともだちにふれるのをみていた。おねえさんは、ねこのぬいぐるみが、とくにすきだったようだけれど、だれをえらぶかは、わからない。
もちろん、おひげのまがった、ぼくじゃないだろう。でも、おねえさんが、いいおともだちとであって、すこしでも、げんきになってくれたらいいな。
おねえさんは、ぼくにやさしくしてくれた、ゆいいつのひとだから。さいごにあえて、それだけでうれしい。でも、もし、おねえさんが、ぼくをえらんでくれたら。ずっとそばに、おいてくれたら。
それって、なんてすてきなんだろう。
おねえさんがぼくをひろいあげたとき、むねがぎゅっとしめつけられる。
おねえさんは、またやさしいゆびで、ぼくのおひげをなぞった。
「あーあ、そのぬいぐるみ、こわれちゃってますね。たしか、おなじのがもうひとつ、あったはずですよ」
おじさんがひょいとのぞきこんでいいながら、ワゴンのなかをあさって、ぼくとおなじかたちのおともだちをとりだす。
そのこは、まえにクリームですこしよごれちゃったこだった。でも、ほかのぬいぐるみとこすれているうちに、よごれは、めだたなくなったみたいだった。
おじさんがおねえさんにそれをてわたしたとき、ぼくはほんとうにがっかりした。そうだよね、あたりまえだよ。ぼくみたいな、うれのこりのふりょうひんより、おひげのピンとした、あのこのほうがずっといい。
でもおねえさんは、そのことぼくをみくらべて、ぼくのほうをてにのこした。
「このコがいいです」
おねえさんがいったとき、ぼくはほとんど(そうぞうの)いきもできなくて、むねがくるしかった。
ほんとうに、ぼくでいいの? こんなぼくが、えらばれていいの?
「ほんとうに、いいんですか?」
おじさんがふしぎそうにきいた。おねえさんは、くろいめでぼくをみおろして、フフ、とちいさな、かわいいこえでわらう。
「なんだか、しんきんかんが、わいちゃって」
「え?」
「なんでもないんです。とにかく、このコをください」
おねえさんにつかまれたまま、ぼくはレジにはこばれていく。
ほんとうに、ほんとうに、ぼくをつれてってくれるの? こんなぼくでいいの? なんにもできないし、おひげだって、まがってるのに。
ワゴンにのこった、たくさんのおともだちが、いっせいにさけんでくれた。
『ハッピー!』
ぼくもあわてて、いいかえす。
「みんな、バイバイ! バイバイ! ハッピ~!」
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
ぼくをつれてってくれたおねえさんは、おうちにかえると、ふくろのなかからぼくをとりだして、かわいたぬので、ふいてくれた。
おねえさんのおうちは、ベッドとつくえしかなくて、なんだかさっぷうけい。でも、きっとぼくがいれば、そうじゃなくなるはずだよ!
おねえさんのいえのはしらには、なににつかうのかわからない、しろくてふといヒモがかかっていた。おねえさんは、それをじゃまそうにしながら、ベッドにたおれこむ。ぼくはずっとおねえさんのむなもとにいて、とてもあたたかい。
おねえさんは、スーツをきたままで、おかおも、はも、あらっていない。きにならないのかな。そんなじょうたいなのに、おねえさんは、ぼくのフクフクしたおなかに、そっとゆびでふれながら、すやすやとねいきをたてた。
まるで、なんにちかぶりに、はじめてねるみたい。
まあ、ぼくも、ねるのははじめてなんだけど。にんげんは、きっとまいにちねるものだよね?
これからは、ずっとずっと、いっしょだよね?
こんなぼくをえらんでくれた、やさしいおねえさん。ぼくはおねえさんを、ずっとずっと、みまもって、フワフワのけなみでいやして、まいにちいっしょにねるんだ。
いっしょなら、とっても、ハッピーだよ。おねえさんも、ハッピーだったらいいなぁ。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
それからしばらくして、しろいヒモがなくなって、おねえさんのむらさきいろのクマも、うすくなったんだ。これって、きっといいことだよね。
ありがとう、おねえさん。
おれいも、いえないし。きみを、だきしめてもあげられないけれど。
ずっといっしょだよ。ぼくはきみが、だいすき。
企画概要:月刊アート・プロジェクト企画
今月のお題:『大好き』をテーマに『ぬいぐるみ』をモチーフにした『絵本』でした。
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