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かわいい子はくしゃみまでかわいい

 中学生の頃、同じクラスに、学年で一位、二位を争う程かわいい女の子がいた。ウサギのような雰囲気の子である。ほっそりしていて、顔が小さくて、目はぱっちりしていて、鼻は小さく整っていた。ナギサちゃんという名前で、名前までかわいいのである。

 ある日、校舎の階段の踊り場ですれ違った際、彼女がちょっと足を止めた。次の瞬間、

「くちゅん!」

 とよくわからない音が聞こえた。見れば、ナギサちゃんは恥ずかしそうに口元をおさえている。

 ご理解いただけただろうか。
 なんと、その「くちゅん!」という音はくしゃみだったのだ。

 なんだそのかわいいくしゃみは。

 青天の霹靂である。

 かわいい女の子は、くしゃみなどという、生理現象においてもかわいらしさを保つというのか。その瞬間、自分は一生かわいい女の子にはなれないことを悟った。

 当時の私のくしゃみは、なんというか、衝撃波のようなものであって、言葉にすると

「ハァッ!」

 という感じであった。寺生まれのTさんが行う除霊のような勢いである。それで払えていた霊の一体や二体、いたかもしれぬ。とにかく、かわいくはない。

 しばらく呆然と立ちすくんでいたと思う。
 すでにナギサちゃんは恥ずかしそうに照れ笑いした後、華憐に歩き去っていた。

 帰宅後、私はさっそく自室でくしゃみの練習に取り組んだ。いったいどのような修練を積めば、「くちゅん!」というくしゃみができるのだろうか。

 いや、できない。

 くしゃみとは生理現象であって、こみ上げてくる衝撃波である。「くちゅん!」でおさまるくしゃみはくしゃみでは無かろう。おそらく、彼女のような人間は「かわいい回路」みたいなものを先行搭載して生まれてくるのだ。そしてくしゃみは、なんか、かわいい音に収束するし、おならは「ぷぅ」以上には鳴らないのだろう。

 試行錯誤の末、私は、くしゃみをするときに、意識的に声を出すと、くしゃみに任意の声が乗るという真理に気づいた。
 つまり、「くちゅん!」と出したければ、くしゃみが出る! と思ったときにすかさず、「くちゅん!」と声に出して言うのである。
 ただ、私がやると、くしゃみの衝撃が強すぎて「へっクション!」と出てしまう。ション! がまずい。ション! はかわいくない。せめてシュン! にしたい。その方がくちゅんに近い。

 この時に自分のくしゃみの仕方を矯正して以来、以前の「ハァ!」よりはかわいらしい感じになっている。もはや無意識にそうなる。ただし「クション!」となるのと「クシュン!」となる確率は半々と言ったところだ。

 やはり私が目指すべきはかわいい女の子ではなく、寺生まれのTさんが関の山ということだろう。今からでも寺に弟子入りするのが良いかもしれぬ。


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