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「教養科目に○○を入れましょう」がうまく行かないいくつかの理由

「これからはAIの時代だから数学を勉強させよう」みたいな提言はよく聞くんですが,現任校で教養系の部署にいるという意味で「中の人」として,こういうことをやるのがどれだけ大変かというのを身をもって知っているので,そのことを書いておきたいと思います。ちなみにこの記事では「文系大学に数学を入れる」という例で書きますが,これは当然数学に固有の話ではありません。その点,よく気をつけてください。

学生はこちらの思い通りに科目は取らない

まず,仮に教養科目群の中に「文系数学入門」のような科目を選択科目の1つとして入れたとしましょう。シラバスにも「数学に苦手意識がある人でも大丈夫」とか「これからは数学必要」と書きましょう。でも,そもそも数学に苦手意識がある,もう数学に触れるのはまっぴら,みたいな学生がそういった科目のシラバスを見るでしょうか?見ないことは分かりますよね。よし,全学生に呼びかけよう。いやいや,新入生オリエンテーションにそんな時間はありますか?そもそも誰がやるんですか?そういうことです。学生はこちらがどんな情熱を傾けた科目を作っても,作るだけではとりません

必修にするための条件はいろいろあるぞ

じゃあ必修にするってなると思います。たしかにそうなんですけど,必修にするには,端的に言って,人に由来するお金と時間のハードルがあります。

必修にするなら専任教員の確保はほぼ不可欠です。効果的な教育のためには数百人のクラスでは意味はないので,仮に30人のクラスを作るとしましょう(それでも多いと思います)。新入生が1000人いるとして,再履修者が1〜2割出るとしたら,40クラスは必要になります。専任が受け持つコマ数は大学によりますが,6コマだとして7人。特に文系の数学的リテラシーの現状だって知っていてもらわないといけない。それだけの適切な教員を集められるか?また,それだけの数を専任教員として終身雇用することを,部署内部,他の学科や上層部に説得させられるでしょうか?教員の純増なんてほぼ臨めません。増やすならどこかを減らす必要があります。正直かなり難しいでしょう。

常勤教員で賄えないのだから,非常勤講師を頼むことになります。非常勤講師の場合,1人あたり週4コマ程度が上限でしょう。そうすると,6コマ担当専任が2人で計12コマ,4コマ担当の非常勤講師が7人で計28コマあたりが妥当な線ではないでしょうか。こうやって担当教員の数が増えていくんですが,多くの教員が一定の目標を共有して教育展開していくことってかなりしんどいんですよ。何を教えるか,教育方法はどうするか,教科書はどうするか,評価はどうするか,決めることはたくさん。専任教員がすべてを決めるにしても,それが共有できなければ意味はありません。「やればできる。足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」とか戦中なのかブラック企業なのか分からないことを言うのは簡単ですが,教育展開ってものすごくコントロールが難しいんです。

ちなみに,昨今の大学では人件費を抑えるために非常勤講師の割合を減らすことが求められがちです。これについても説得が必要です。そのため5年程度の任期付専任教員(特任講師と呼ばれたりする)を雇いその方に8コマとか10コマ担当してもらうなどの方法も考えられますが,不安定な身分ですから,突然の退職には備える必要がありますし,問題の根本的な解決には繋がりません。

また,人の確保するときには時間割を設定できるかということが問題になります。大学には学科の専門科目,教職をはじめとした各種資格対応の科目など様々な科目があります。この時間割設定は教務系の職員や関わる教員にとっては大きな重たい仕事です。だいぶ前からですが,専門科目でも基礎演習や概論のような必修科目が1年次から配当されていますし,資格対応の科目も多岐にわたるため,非常勤講師をお願いすることも多いです。その非常勤講師の方の都合は時間割作成で優先しないと,科目が開講できない,資格が取れなくなります。そうすると,必修といえど教養系の科目の優先順位は低くなります(涙)。その結果,例えば月曜の1時限目とか金曜の5時限目とかに設定されることになります。そうなったときに,専任教員と非常勤講師をしっかりとそこに入れることはできるか?ということが問題になります。

必修にしてそれだけで身につくの?

さらに,身につけるにはいったいいくつ科目が必要なの?ということがあります。これは数学に限らず,レポート・論文の書き方(私の担当です)や,PCの使い方(情報科目)といった修学基礎系(リテラシー)の科目,語学,もっと言えば専門の内容にだって言えることですが,たかだか半期の1科目でその内容が完全に身について卒業まで困らない,なんてことはありえません。大事なことなら漆塗りのように何度も何度も使うようにカリキュラムを作っていくことが必要です。「文系数学入門」を1年次前期に必修として入れても,1年後期,2年次にそれを使うような科目を全員に履修させないと,3年次には忘れて使えなくなってしまいます。特に専門知識と関連付けるためには,教養系の科目群ではなく,学科の専門科目に入れる必要があります。学科の専門科目を決めるのはあくまで学科の教員達です。その中には数学の必要性を理解しない人や,優先順位の低い人もいるでしょう。その中で科目を増やすことを説得し,理解を得られるでしょうか。ヘタしたら科目の存在意義から問われ直し,科目が潰れることだって…ああ怖い…というか,これ,修学基礎系の科目にも言えることで私は「2年次プロブレム」と呼んだりしてます。まあ以前から「一般教育と学部専門教育の接続」として問題になってることなんですけどね。

カッコいい提言を出すだけなら誰でもできる。問題はどうやって動かし,それを続けるかの仕組み作りだよ

以上,(必修)科目を作ることの難しさを説明してきました。「難しい」ということばかり言っているので,「言い訳ばかりでお前はやる気がないだけだ」と言われるかもしれませんですが,僕が1時間ちょっとでこうやって何も見ずに書けてしまうぐらいには,動かすにあたっての問題も汎用的というか分かりきったことなんです。科目を作る,そして効果的になるよう動かす,というのはこれだけ大変なことなんです。

最後にもうちょっと希望のある話も入れておいた方がいいかなと思うんで,本学(北星学園大学)での取り組みを宣伝しておきます。本学でも経済学系の学科や心理学系の学科があるので数学的リテラシーは求められるんですが,学生の理解度のばらつきが大きいです(平均よりもこのばらつきの方が問題だと思います)。2015年にラーニング・コモンズがオープンしましたが,そこでは,昼休みなどに数学に苦手意識を持つ学生が上級生や教員(チューター)からアドバイスを受けがら数学の問題を解く時間(ランチタイム数楽)や,統計の質問をチューターが受ける時間(統計アワー)を設けるなどの,ピア・ラーニングをベースとした取り組みをしています(時期や年度によるので,常にやっているわけではありません)。また,入学時に理解度調査をした上で,Eラーニング教材を提供していたりもします。本学の取り組みが唯一の正解だと言うつもりもありませんが,必修科目を作ることだけが正解でもない,現実にはこういう取り組みを協力の得られそうな範囲からやっていくことしかないんじゃないかなと思います。

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