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「わや」から「方言」を考える

函館旅行の際にランニングしていて見つけたお店です。

看板を拡大しましょう。

Wayまで見て「道」?と思ったら「わや」でした。この「わや」そのものについてふたつほど,そしてそこから「方言」という言葉について。


北海道の「わや」

「わや」は「むちゃくちゃ」などを表す北海道の方言とされます。実際,全国方言辞典にも掲載されています。

写真の「わやキレイ」は「むちゃくちゃキレイ」を表したいのかなと思いますが、この「わや」で出てくる例文が「部屋が散らかってわやだった」とか「雨で道がわやだった」のようなどちらかというとネガティブな文脈が多いので少し驚きました。

もっとも「むちゃくちゃ」自体はネガティヴとポジティブどちらにも使えますし,特に若年層は「ヤバい」つまり「想像を超えそうなほど程度が高い」のような意味で使うのが先立っていそうなので,その感覚ならまず問題にならないでしょう。

各地に分布する「わや」

同じ全国方言辞典を見ると,「わや」は大阪方言にも項目があります。

意味も「むちゃくちゃ」なので変わりません。北海道は全国から人が移住した歴史があるので,この方言も入ったことは十分に考えられます。

しかし,この2県だけでしょうか。『日本方言大辞典』という方言からだけでなく,標準語からも検索できる便利な辞典がジャパンナレッジで使えます。

これを使って「わや」を検索すると次の表現で使われると出てきます。

  • わい〔代名詞〕

  • わい〔助詞〕

  • わがえ【輪替】

  • わぼー

  • わやく

北海道や大阪の方言とされたものは「わやく」の意味にあります。ここには「わやく」の24個の意味が書かれておりそれぞれ使用地域が載っています。ちなみにもとは「枉惑(おうわく」から来ているそうです。

ここから「わや」という形が使われるものをリストアップしました。( )は意味の番号,【 】内の数字が使用地域の数です。

(1) 道理に合わない言動。むちゃ。乱暴。また、そのさま。【13】
(2) でたらめ。出任せ。【2】
(3) わがまま。気まま。わんぱく。だだ。また、そのさま。【2】
(4) いたずら。【3】
(5) ふざけること。戯れ。冗談。【1】
(12) 訳の分からないこと。変であるさま。不分明。【5】
(13) だいなし。めちゃくちゃ。乱雑。また、そのさま。【29】
(17) 悪いやつ。【1】
(21) だらしないさま。【2】
(22) 汚いさま。不潔。【3】
(23) 甚だしいさま。非常に。【1】

さらに,特に数の多い(1)(12)(13)を地図上にプロットしました。なお地域名をそのままGoogle mapに読み込ませたのでなぜそこなのか分からないものもあります。

一目で分かるように九州南部を除く西日本と北海道,東北の一部に広く分布しています。

「方言」てなんだろうね

けっこう広い分布域ですが,上でも見たとおり「わや」は「方言」とされます。こういうのを見ていると標準語との境界線ってちょっと分からなくなることがあります。

例えば「かかと(踵)」の分布を見ると,東京周辺はかかとですが,「アクト」「キビス」「アド」など様々な形が分布しています。

『方言の地図帳』の「かかと(踵)」の項

方言か標準語かは全国で通じるかどうかで「かかと」は通じると言われるかもしれませんが,それは東京の言葉が支配的だったことの反映であって…ともにょるところでもあります(ちなみに地図にある各表現が排他的とは限らないということもある)。

もっとも「ずるこみ」のように東京周辺でしか使われない「方言」があるのだから「東京だから標準語」という話は成り立たないといえばそうだけど。

いずれにしろ,こうやって考えていくと「地域の言葉」としての「方言」ってどの範囲を指すのかというのにはあいまいなところがあるんだというのが実感できるかと思います。

昨年末に書かれた小西いずみさんの記事には「方言」には①「ある言語の地域的な言語変種」と②「標準語・全国共通語に含まれない、特定の地域でのみ用いられる言語特徴」の2つの意味があり,少なくとも学術的文脈において②の意味で用いるのは避けるべきだという話があります。

同様のことを黒木邦彦さんも書かれています。

お気づきのとおり,この記事で使っていた「方言」は紛れもなく②の意味です。そして,分かるように特定地域でのみ用いられる言語特徴かどうかで方言と標準語を切り分けようとしても,けっこうそこにはあいまいさ,恣意性があるよねというのは,心のどこかに置いといても損はないと思います。


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