パレスチナの紛争について

 10月7日に勃発した紛争はパレスチナ側の武装勢力ハマスと、イスラエル(自称)との間で激しい戦闘になっています。この紛争はパレスチナ側では「アル・アクサ洪水作戦」と呼ばれていて、不法移民(入植者)であるイスラエル側が、イスラム教3大聖地の一つアル・アクサ・モスクに侵入したり、パレスチナ市民に対して暴力行為を続けてきたことに対する反撃という体裁になっています。この当事者間の紛争では定番のようになってきていますが、パレスチナ側はロケット弾などのやや見劣りする武器を大量に発射して軍事拠点を狙い、イスラエル側はパレスチナの市街地に爆撃を行うことで応戦する構図です。今回のパレスチナ側は初期段階の作戦でなかなかの戦果を上げているようであるところは特筆すべきなのですが、今回はその話ではなく、この紛争をどう理解するべきなのかということに焦点を当てたいと思います。


 その題材としてロシア国営メディアのRIAノーボスチの論説記事を取り上げようと思います。

なぜ、西側のメディアでもなく、アラブ諸国のメディアでもなく、ロシアのメディアを参照するのかというと、西側のメディアはあまりにもイスラエル側に偏向しているし、アラブ諸国のメディアは、イスラエルの蛮行を強調するのは良いとしても、どこまで信用できるのか悩ましい情報が混在しているからです。

 タイトルは「イスラエルは最後通告を受けた」というような感じでしょう。最後と通告の間に「契丹の」という言葉を挟むと「張子の虎」というような冗談になるのですが、残念ながら私には「契丹の」なしでも面白いのかどうかはわかりません。

この論説記事の筆者はピェトル・アコポフ氏です。RIAではここ最近記事が減っているものの週に数回記事が配信される熟練のライターさんです。やや日本に親和的な論調と、機械翻訳にかけても崩れにくいしっかりとした文体が特徴的です。それでは本文を見ていきましょう。

 最初の段落ではイスラエルとパレスチナの対立は、単なる二国間の問題以上のものであることを強調しています。概説すると、このような感じになります。

イスラエル・パレスチナ間の戦争が炎上しているが、それは、あなたがどちら側に共感しているかや、ガザ地区からどれだけ遠くにいるかには関係なく、全世界の人々に関わることだ。なぜかというと、我々は単に世界の局所的な問題の一つ(最も古いものではあっても)ではなく、実に全世界を吹き飛ばせるような問題に直面しているからだ。そして、矛盾の集中度と脅威の規模からすれば、ウクライナでの紛争や台湾で想定される戦争など比較にもならない。

記事本文より

台湾危機は日本にとってはロシア視点に比べれば遥かに大きな問題かもしれませんが、問題の規模は確かに世界を巻き込むものです。アコポフ氏はこの問題がどれほど深刻な問題なのかを、表面的なものから真髄に至るまで5つの段階に分けて説明しています。

第1の段階

第1の段階は言うまでもなくイスラエル対パレスチナの問題です。アコポフ氏が指摘するには、イスラエルはまずガザ地区内の電気、ガス、水道の供給を止めた上で、パレスチナ側のハマスに応戦して同地区に攻撃を加えている、といいます。この点は我が日本の最友好国トルコの大統領からも発言があったので、間違い無いと見ておきましょう。

 アコポフ氏はさらにイスラエル側はハマスのインフラと軍事力だけではなく、ハマスという組織そのものを破壊すべく、地上作戦の開始に向けて準備している、とのニュースも紹介した上で、「しかしこれは実現不能である」と指摘します。それは、「ハマスはもはや単なる政権ではなく、ガザのパレスチナ人の組織的構造になって久しい」からだというのです。ハマスがガザのパレスチナ人の組織的構造であるというのはどういう意味でしょうか。私が理解するところによれば、それは、ハマスがガザ地区で政治や軍事だけにとどまらず、司法や社会福祉に至るまで様々な分野を管理しており、現地住民の生活と密接な関係があるということを指摘しているのだと思います。また、ハマスは、ガザ地区で高い支持率を維持しており、パレスチナ人の多くがハマスの考え方や戦略に賛同しているという背景もあります。ある意味でハマスはパレスチナの人々を結束させる重要な要素になっているとも言えるのかもしれません。

 だからこそ、ということなのでしょうけれども、アコポフ氏がいうには「この小さな土地には約300万人ものパレスチナ人が住んでいるのであって、ハマスを破壊しようとするならば、イスラエル側としてはガザを地面の高さまで削り取るか、あるいは、隣国であるエジプトに全てのパレスチナ人が逃げるようにするしかない」のです。そして、確かにガザは封鎖され、イスラエルに依存しなければならないような大規模収容所のような状態が何十年も続いているが、それでもパレスチナ人はたとえ絨毯爆撃をしたとしてもそこを立ち退くことはないのだから、「いずれも物理的に不可能である」と結論づけています。しかも、「10月7日の出来事が示したように、全面的な軍事的優位性はもはや成功を決定づけるものではない」し、地上作戦がもし始まれば戦時下でユダヤ国家に巨大な犠牲をもたらすと警告しています。

 それゆえに、ネタニヤフ首相は反撃で「我々は中東を変えてやる」などと恐ろしいことを言って脅していますが、イスラエルがガザに対して全面的な大規模な軍事侵攻を行う可能性は低いとアコポフ氏は見ています。それは実はイスラエルがハマスを破壊する能力を持っていないからというだけではなく、レバノンの「ヒズボラ」が北側から攻撃してきたり、元々そうであったようにパレスチナだけではなくアラブ全体との紛争に発展する恐れがあるからだとアコポフ氏は指摘しています。

第2の段階

イスラエル・パレスチナ間の紛争が、イスラエル・アラブ間の紛争へと発展することこそが第2の段階です。確かにイスラエルはパレスチナ人が石器時代の水準になるまで爆撃してやろうと思っているのかもしれません。しかし、その過程でガザ市民の犠牲者は、何千、何万となって行くと、中東全域で「義憤の爆発」を招くわけで、そうなると諸国の政府は、イスラエルに対する姿勢を変えざるを得なくなります。それだけではなく、これら諸国は米国に対してイスラエルの軍事行動をやめさせるように要求するところに追い込まれるのです。そうなると、イスラエルと個々のアラブ諸国との関係を樹立するように働きかけてきた米国の努力は台無しになります。これがアコポフ氏が指摘する第2の段階です。

第3の段階

 そして、ガザを消滅させようとするところから、さらに発展してヨルダン川西岸地区やエルサレムでも衝突し、レバノン領内にまで侵入して「ヒズボラ」とまで戦闘を行うようになると、これは紛争の第3段階に達する、とアコポフ氏は指摘します。第3段階はすなわち、イスラエルとイスラム世界との間の紛争を指すということです。「世界で15億人のイスラム世界全体が、パレスチナ人とアルクッズ(全ての信者にとって神聖なエルサレム)を守るよう要求するだろう」というのです。この段階にまで達してしまえば、「単なる地域の大国でなく、世界全体のイスラムの主要な守護者の地位を主張する国」であるイランを巻き込む危険性は高くなると言います。無論、イランが主張するような地位を認めるイスラム教徒が多いとは決して言えませんが、「だからといってイランに代わってイスラエルを撲滅しようと考えて実行に移せる国があるだろうか」という問題があります。私の知る限り、そのような国はロシアか中国くらいであり、ロシアがウクライナ問題で忙しい状態である以上は、消去法で中国くらいしか残らないと思います。

 アコポフ氏は、現在のハマスによる攻撃はイラン政府が誘発したものではないと断言しています。実はこの見方は米国の情報機関筋の情報にも合致するものです。アコポフ氏はイランは現状ではイスラエルとの戦争を必要としておらず、イスラエルもイランとの戦争を必要としていないとした上で、こうも指摘します。「イスラエルの指導部にはイランへの攻撃の支持者がいるが、彼らはそれを他人、米国の手で行いたいと考えているが、米国政府はそんな真似をするはずがない。」つまり、イスラエルとイランの間には戦争を煽る声があったとしても、そんなものは口先だけだと看破しているのです。

ではイランでないなら何がハマス、あるいはパレスチナ人をこの紛争に駆り立てたのでしょうか?圧倒的な力を持ち終わりなき侮辱を繰り出す敵に依存するしかない屈辱、そして絶望に疲れたパレスチナの人々を見て、アコポフ氏は「我々は収容所の囚人の反乱に直面しているのだ」と分析しています。

第4の段階

 「しかしイスラエル・パレスチナ間の問題の危険性は、この問題の複雑な性質と無関心によって、制御不能な展開になる可能性があるということだ」とアコポフ氏は警告します。ここまで見てきた3つの段階では、この地域のいくつかの国の間で全面戦争になり、場合によっては核兵器が使用される可能性があるというくらいの規模の問題であるところまでは見えてきました。ここでアコポフ氏は重要な注釈をしています。核兵器が使用される可能性というのはあくまでも「イスラエルによって」という意味であって、それはなぜかというと、他の国は核兵器を持っていないからだということです。この点は日本人が見落としがちな点だと思います。

 いずれにしても、ここまでの3つの段階では到底イスラエル・パレスチナ問題の危険性を網羅していないというのが、アコポフ氏を含めて多くの人が感じているところです。ロシアのメディアは国営も民間もこの度のイスラエル・パレスチナ紛争が勃発するまでは、自国とウクライナとの間の紛争に関連する話題で埋め尽くされていました。それが一夜にして大部分がイスラエル・パレスチナ問題の報道に変わったのです。西側のメディアも同様にウクライナ問題を大きく報道していましたが、ほとんどがイスラエル擁護の報道に置き換わりました。

 その影響は米国の政局をも混乱させていると私は見ています。先日、米国下院の議長が解任動議をかけられてその座を追われました。それは、バイデン政権の「ウクライナ第一」路線に反対する共和党の強硬派が「アメリカ第一」を訴えて、米国の国益を犠牲にして妥協する議長を追放したという構図でした。「アメリカ第一」というのはトランプ前大統領が訴えてきたメッセージであるという点も注目するべきです。これが、イスラエル・パレスチナ問題が紛争に発展した途端に、「アメリカ第一」を訴えていたはずの多くの議員まで「イスラエル第一」の姿勢になってしまいました。これには「本当に呆れた」というのが私の率直な心情です。来年の大統領選に影響しないはずもありません。

 ここで、アコポフ氏がいうには第4の段階の問題になってくるというわけです。つまりは、東西の対立、あるいは西側諸国とグローバルサウスとの対立の問題です。「イスラエルは単なる西側の創造物ではなく、その一部であって、より正確にいうならば、アングロサクソンのアバンギャルド(англосаксонского авангарда)なのだ。」アコポフ氏はさらに続けます。「イスラエルは普通の国家ではなく実際には、中東に持ち込まれた米国の第51番目の州であって、しかも特権を持った州なのだ。イスラエルと戦うということは、アメリカと戦うということに等しいのだということは誰もがわかっている。」では何が厄介なのかというと、米国の一局覇権が揺らいでおり、その傾向はますます米国にとって酷いものになっているという実態だというわけです。それもそのはずで、そもそもグローバルサウスなどという言葉自体も、同様の現象を言い換えて、つまりは米国の凋落に対してその反対での団結と発展を相対的に指しているに過ぎないと私は思うのです。そうすると、必然的にイスラエルの覇権も米国の凋落につられて揺らいでくるわけで、「原子爆弾も、技術的優位性も、巧妙なプロパガンダも、もはやイスラエルの中期的な存続を保証するものではなくなってしまった」とするアコポフ氏の指摘は的確だと思います。

 「西側のお気に入りの手段と言えば制裁なのだが、パレスチナ人の人権を恥知らずにもどれほど侵害してもお咎めなしなのが今日のイスラエルである」とアコポフ氏は糾弾しています。彼のいう侵害とはパレスチナ人の土地に勝手に国を作っておいて、パレスチナ人が国を持つことは認めないというイスラエルの態度を指しています。そしてそのような形のイスラエルが存続できるのは米国の覇権、あるいはその前の東西冷戦時代くらいのものなのだと指摘しています。「そんな時代が永遠に続くはずはないが、それでもそれをパレスチナ問題解決に活用することはできたはずだ。この解決を見出すことで、孤立しアラブに囲まれて破滅する事態を避けることができたはずなのだから、それがイスラエルの国益だった。しかし、イスラエルは迫り来る現実を見据えて見通しを立てるようなことはしたくなかった。」イスラエルはパレスチナ人をそれこそ人間と認めて自らの国家に包摂するでもなく、かといってパレスチナの国家樹立を認めるでもなかったのです。「イスラエルは、今でも相手を『テロリスト』だとか『人間の皮をかぶった動物』だなどと言い放ち、パレスチナ人が受けた何十年もの屈辱について責任を取ることを拒絶しており、斯様にも歴史上の短期的な視点に固執し自らを破滅に追いやったのである」とアコポフ氏は指摘しています。

第5の段階

 これらの侮辱は、イスラエル・パレスチナ紛争の次元における最も重要なレベル、即ち、終末論についても思い出させる。エルサレムの戦いは、私たちの時代の大部分で世界史の真髄であり、今でも聖なる都市は世界の矛盾の中心にあります。単にそうであるだけでなく、世界は最も大規模な変革の時代に入っており、すべての世界秩序が変わっています。半千年にわたる西洋の支配が終わり、新しい時代、新しいルールが形成されています。パレスチナ問題は、いずれにせよ、その以前の、未解決の、浮かんでいる形で存在し続けることはできません—それは爆発するほどになるか、または実際に解決されるようになるか、それとも永遠に燃える炭の上に世界の火薬庫であるようになるかです。

 「さて、このような屈辱が想起させるのはイスラエル・パレスチナ紛争の次元における、5番目にして最も深刻な段階、すなわち終末論的なものだ」とアコポフ氏は述べています。「エルサレムのための闘争は我々の時代における世界史の真髄であった」とアコポフ氏は回想しています。我々の時代というのはすなわち、日本でいうところの「戦後」に近いと私は思います。だとすれば、アコポフ氏が指摘するこの段階は、日本に置き換えて当てはめるならば、生前の安倍首相が主張していた「戦後レジームからの脱却」に相当するものを指すのではないでしょうか?しかし、これは戦前の日本人もよく理解していたことですが、いわゆる「西側」のようなものが世界を不当に支配し始めたのは何も20世紀に始まったことではありません。インドネシアがオランダの植民地にされたのは17世紀初頭のことですし、フィリピンに至っては16世紀中盤、日本でいうならば織田信長が尾張統一をやっていた頃からスペインの植民地でした。だからこそ、アコポフ氏は「半千年にわたる西側の覇権が終わろうとしている」と表現するのでしょう。そして、世界は変革、すなわち世界秩序全体の変化の時期に入ったのであって、聖地を巡る世界的問題は未解決のままでは済まされず、当然のように爆発するか、あるいは燻り続ける世界の火種でなく解決の方向に進むかであろうとの趣旨で記事は締めくくられています。

まとめ

 さて、少し難しい内容だったようにも思いますが、5つの段階はご理解いただけたでしょうか?簡単にまとめると問題がエスカレートするにつれて、次のような段階を踏んで行くということです。

  1. イスラエルとパレスチナの紛争

  2. イスラエルとアラブ諸国の紛争

  3. イスラム世界全体を巻き込んだ紛争

  4. イスラエルを筆頭にする西側諸国とグローバルサウスとの紛争

  5. 現状のイスラエルの破滅:共存か完全自滅か

この記事が発表されてから紛争は一層激化して、2段階目に突入しつつあります。昨日はイスラエルがレバノン国境地域を爆撃し、ロイター通信の記者が死亡しました。

そのほか、シリアの空港もイスラエルの爆撃を受けました。日本人が思っている以上にこの問題は深刻ですし、忘れてはならないのはここに米国が関与すれば、東アジアは益々手薄になります。もし中国が、米国と同程度に手薄にならなければ台湾有事の発生はほぼ確定的です。それは、ロシアにとっては局所的な問題の一つかもしれませんが、日本にとっては全く事情が違うということを我々日本人は肝に刻むべきでしょう。最後に我が日本の歴史を紹介して今回は終わりにしたいと思います。

私は嘗て燦然たる文化の持主であった所の世界幾億の回教民族が、現在陥って居ります境涯に対しましては無限の同情を有するものであります。同時に其の由ってくる所を考えまするのに、是亦貧婪飽く所なき米英の利己的世界制覇の犠牲であると云うことに想到致しまする時に、一種の義憤をさえ感ずるものであります。申すまでもなく帝国の戦争目的は、肇国の大訓に則りまして、正しき者が正しき所を得ると云う道義に基く世界の新秩序でありまして、既に大東亜地域に於きましては、御稜威の下皇軍将兵の勇戦奮闘に依り、此の域内における回教徒は、米英の桎梏より解放せられ、其の信仰は尊重され、既に安居楽業の第一歩を踏出して居るのであります。

谷正之外務大臣:1943年2月24日、衆議院にて

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