ハマスは何を考えているのか?【前編】

はじめに

 イスラエル・パレスチナ間の紛争を理解しようとする時、事情を知らない人が第一に突き当たる壁が、自衛権の問題です。歴史的な文脈を抜いて考えれば、先に攻撃をした方が加害者で、これに対応する側が被害者であり、被害者側は自らを自衛する権利があるというような感じがするかもしれません。もう少し掘り下げて考えると、そうは言っても自衛権の範囲での作戦として認められるにはいくつかの要件を満たす必要があろうことに気づきます。例えば、相手から相当な武力攻撃があったとか、やり返し過ぎていないとか、あるいは逆に先制攻撃であっても自衛的措置と考えられる例もあるというような話です。この程度の理解を元にイスラエル・パレスチナ間の紛争を理解しようとすることはおすすめしませんが、簡単に説明しておきましょう。まず第一に両者の被害は全く不均衡であるということです。どの程度不均衡なのかは下の図をご覧ください。

 その意味では、直近の話しか検討しなかったとしてもイスラエル側の主張を一方的に受け入れるわけには行かないことは明白なはずなのです。しかし、日本のメディアではパレスチナ側の主張自体が十分に報道されませんし、最前線にいるハマスの主張ともなれば尚更なのです。残念ながら、日本では、イスラエルの都合に合わせて動くアメリカに尻尾を振ってついていくだけの日本で良いのかという問題提起があまりされていませんし、もしそのような問題提起があったとしても左派的な観点に終始していることがほとんどだと思うのです。

日本はどのような立場にあるのだろうか?(画像はAIによる)

そんなわけで、前回はひとまず比較的客観的な立場のロシアの視点を元に記事を書いたのです。

 ところがその記事を執筆している途中に、ハマスが英語で声明を発表するという珍しい事態になりました。X(旧Twitter)で動画をたまたま見かけたのです。それならば、この際彼らの主張を聞いてみようではないかというのが今回の記事の趣旨です。あらかじめ申し上げておきますが、一般論として武力衝突が起きると並行して情報戦が展開されます。このような状況下では情報というのは錯綜するものでどちらかの情報が100%正しいなどということはほとんどありません。現在進行中のイスラエル・パレスチナ間の紛争においても同様です。メディアでよく触れるイスラエル側の情報も、今回ご紹介するハマスの声明も、歴史的背景、人道危機、国際的反応など多角的な視点で慎重に見る必要があります。

こちらがその動画です。それでは彼らの主張がどのようなものだったのか、順に分析していきましょう。

歴史的背景

 ハマスの報道官は「75年以上もの間、パレスチナの人民は自由と[民族]自決を熱望してきた」と切り出しました。しかしパレスチナ側の当然の希望は、数々の障壁に跳ね返されてきました。そして、その障壁の根底にあるのが、イスラエルによる占領や、国際社会がその責任を果たせていないという問題です。報道官は、数々の国連決議がパレスチナの主権を保障すべくして決議されてきたにも関わらず、国際社会はその実施の責務を果たしてこれなかったことを指摘しました。

パレスチナ側の文脈で語るならば、イスラエル側の敵がパレスチナ人民の存在[そのもの]や国際的権利を否定し続ける政策を継続してきたという、75年にわたる占領[体制]が、あらゆる政治的あるいは法的な手段による紛争解決を無視して忘れてきたということを言っているのだ

ハマス報道官声明より

 これが、ハマスがパレスチナ側の勢力として抵抗することの正当性の土台を構成する問題のようです。このような状況だからこそ「武力抵抗を含むあらゆる手段で占領に抵抗する権利は誰にも否定できない」のだと報道官は語気を強めました。つまり、相手は話し合いをする気もないし、国際的な枠組みで話し合って決められたことも守らないから、武力に頼るほかどうしようもないのだというのです。

 ハマスに言わせれば、これは何も突然始めた要求などではなく「現地の状況は持続不可能であり、爆発は時間の問題であると、過去数ヶ月間あるいは長年にわたって警告してきた」のだと言います。このような警告が西側メディアで正確に報道されることは少ないので印象に残っている人は少ないかもしれませんが、少なくとも現地の状況がどのようなものだったかについては私は知っています。ハマスの報道官が指摘する通り、第一にはアル・アクサ・モスクに対する攻撃です。念の為、参考になる記事を紹介しておきます。

さらにいえば、これは今に始まったものではなくイスラエルという国家の本質を表すものです。エルサレムにこだわるからこそ、イスラエルはこの場所に「再建」されたのですし、エルサレムにこだわるのは、遠い過去にこの地にあった神殿にこだわるからです。ハマスの報道官は「このモスクを空間的にも時間的にも分離しようとするものであるらしい計画の中で、現状を変更しようとする彼らの試み」が背景にあると訴えました。つまり、アル・アクサ・モスクはイスラエルにとってさまざまな理由で邪魔なものだから、(空間的に)撤去して(時間的に)歴史から抹消しようとしているのだろうと言いたいのだと思います。

 報道官はさらに、占領下のヨルダン川西岸全域におけるファシスト入植者によって実施される国家主導型テロ行為、エルサレムからのパレスチナ人の強制追放、イスラエルの刑務所における女性や子供を含む囚人に対する組織的犯罪などを例示して、これらについても警告したと主張しました。また、17年にわたるガザの包囲によって「地球上最大の青空牢獄」に変貌させ、この世代があらゆる希望を失ったことについても警告したと述べました。1年前の英国スカイ・ニュースの映像を確認しましたが、休戦状態においても、イスラエル側は上空にドローンを飛ばしてガザ地区を監視している様子が記録されていました。また、例えばイスラエル側が「トンネル」があると判断した場所に爆弾を打ち込み、近くに住む母親と子供達が犠牲になった話も紹介されていました。

 今回の趣旨からはやや外れますが、イスラエル側がガザをどのように見ているかも背景として知っておく必要があります。2023年10月9日、これはもちろん今回の紛争が始まった後でのことではありますが、複数の報道によるとイスラエルのヨアヴ・ギャラント国防相はガザに対して「完全な包囲」を行うと宣言しました。ここでいう包囲とは英語でsiegeと表現されているものの訳語であって、単に囲い込むというだけではなく包囲攻撃というようなニュアンスをもって解釈されるべきであると言えるでしょう。完全なという語がついていることから、ガザ地区を取り囲んで全滅させようというイスラエル側の意図を表していると思われます。加えて彼はこうも言いました。

We are fighting human animals and we are acting accordingly

ヨアヴ・ギャラント国防相

意訳すると「我々は人の皮を被った動物との戦いをしているのだから、そのつもりで行動する」というのです。要するにイスラエル政府はパレスチナの人民を人間だとすら思っていないのです。さらに、ハフィントンポストが報道したところによると、イスラエルのイサク・ヘルツォーク大統領はガザ地区には無辜の市民はいないと考えているようです。彼は、「市民が知らなかったとか関与していなかったというようなレトリックは真実ではない。立ち上がれただろう。ガザをクーデターで乗っ取った悪の体制と戦えただろう」と主張しました。しかし、日本人なら知っていると思いますが、かの悪名高き日本赤軍が連帯したパレスチナ解放人民戦線(PFLP)を傘下に抱えるのがパレスチナ解放機構(PLO)であって、そのイデオロギーがパレスチナの人民に広く支持されていたと考えるのもナイーブではないでしょうか。だいたいそのようなものがパレスチナで通用するというなら、イスラエルこそ同様のイデオロギーのもと人種や宗教の差別を撤廃し、ユダヤ教を根拠にしない世俗的な国づくりを行えばいいのであって、そうすればこのような紛争はそもそも起きなかったのではないかとだって言えるのです。

 いずれにしても、イスラエル政府の姿勢が、ガザ地区あるいはパレスチナの複雑な政治、宗教、文化の背景を無視して、さらにはその住民の人間性を否定して動物のように見なすものであることは政府高官の発言から明らかなのです。これらの背景が、パレスチナ側の視点ではイスラエル側が「焦土作戦」や「虐殺」を企てているように見える原因になっています。そうなると、パレスチナ側としては安易な譲歩は結果的に人民の命に関わる問題になると理解するほかなく、ひいては命ある限り抵抗するという姿勢につながってくると言えるのではないでしょうか。

紛争が始まって

 二人目の報道官が描いたガザ地区の状況は、人民の日常生活のあらゆる側面に影響するまさに身の毛もよだつものです。報道官の声明にある「ガザ地区はイスラエル軍の極右的かつ無差別な爆撃によって消し去られつつある」という訴えは、ガザ地区の人民が晒されている悲惨な状況を表しています。一言で言い表すならばこれは「虐殺」だと報道官は糾弾しました。そして民間人の犠牲者に関してガザ地区保健省を引用して次のような統計情報を発表しました。「死者は1,350人以上にのぼり、そのうち子どもは260人、女性は230人」また、「継続的な空爆の結果、6〜7,000人が負傷」しているとしました。一家皆殺しになってガザ地区の住民基本台帳から抹消された家族は「25あるいは27」であり、またこれらの家族は1家族「15人、13人、あるいは20人」で一つの建物に住んでいた例もあると思うなどと述べました。

 ガザ地区ではインフラも猛攻撃に直面していて、住宅、公共施設、大学、病院、保健所、モスクなどが計画的に狙われていると報道官は主張しました。その規模は、「ガザ地区内で2万軒以上の住宅が破壊された」と、被害の甚大さを訴えました。そして「これらの住宅の大多数は予告なく木っ端微塵にされたので、前述の通り、一家皆殺しになってしまった」と主張しました。刻々と事態が深刻化する中での発表ですから、これらの具体的な数字の正確さはともかく、規模感については、メディアの報道などからも確認できます。

 動画がいつ作られたものかは判然としない部分もありますが、投稿されたのが日本時間13日の午後なので、この頃の状況を報じた記事をご紹介しておきます。

 ガザ地区というのは、日本で言うと人口も広さも大阪市に似たような規模感の地域です。そこでは、平時から封鎖が行われていて、電気や水道、ガスなどの自給自足あるいは自力での調達ができないようになっています。この封鎖はイスラエルとエジプトが協調して行っているものです。エジプトがこのような人道に反する作戦に関与している背景は大変に興味深いものですが、今回の記事では割愛します。いずれにせよ、この封鎖によって、ガザ地区はこれらの生活インフラをイスラエルに頼らざるを得ない形になっています。これがガザ地区が抑圧を受けても相当の覚悟がないと抵抗できない理由です。そして今回のハマスの反発を受けてイスラエル側は前述の通りガザに対して「完全な包囲」を行うことにしたのです。それでは、その結果ガザ地区はどうなっているのでしょうか?

医療リソースの枯渇

 ガザ地区における医療事情は今回の紛争で一層悪化し、この上えない危機に陥っていると報道官は語りました。このような状況においては一層重要になってくる医療機関や医療従事者も、殺戮を免れていないと報じられています。「占領軍は医療従事者や彼らの救急車を標的にするため、ガザ地区における救急出動や救助の要請に応えて市民を救助することを妨げている」と報道官は訴えました。彼らの主張するところによれば、「イスラエルの占領軍が救急車を直撃し、任務にあたっていた医療従事者6名が殺された」といいます。

 病院の状況も逼迫しているといいます。報道官は「病床は空きがなく、負傷者は床で治療を受けていると病院が発表した」とし、さらに、医薬品、医療器具なども必要の半分以下しかないと訴えました。その上、電力不足や停電が一層困難にしているという状況だといいます。このような状況であるために、「医療チームが医療を提供することが非常に困難」になっているといいます。

 報道官が訴えたこれらの状況は、国連の関連機関をはじめ様々な団体や報道機関が報告している内容とおよそ一致しています。ガザ地区における医療状況の悪化、医療物資の不足、さらには紛争による医療従事者たちの運用上の困難などという深刻な事態はいずれも報道などによって確認できます。報道官がこのような状況を訴える意図としては、大きく分けて二つあるだろうと私は見ています。1つは、イスラエル側が被害を強調する中でパレスチナ側の被害が国際社会から忘れられることがないようにすることです。もう1つは事態の深刻さと緊急性を訴えて国際社会がガザ地区の人民を苦しみから解放すべく介入し、特に医療などの基礎的インフラの維持を支援してくれることへの期待です。

小括

 ここまでご覧になってきてどうでしょうか。ハマスという組織がどのようなものか、理解は深まったでしょうか。文字に起こして日本語に翻訳してしまうとあまり伝わらないと思いますが、実は元の動画の英語はあまり上手であるとは言えず、正確な意図を汲むのはなかなか難しい部分もあります。それでも、彼らの主張に触れなければ、今起きている事態を理解することは絶対にできません。一方で、彼らの主張に本質的な誤りがあった場合、それを注釈なしにそのまま書いてしまえば、それはそれで問題がありますから、一つ一つ確認をしながら理解していくことになります。もちろんこれは反対側、すなわちイスラエルの主張に触れる時にも同じことです。そんなわけで、今回の記事は一回で一通り書いてしまおうと思っていたのですが、いざ書きはじめてみるとかなり長くなってしまいました。そこで、残りの後半部分については次の記事で引き続き見ていきたいと思います。

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