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守ってはくれない

 小学生の時の元旦。
 日本晴れだ。
「明けましておめでとうございます。」
 お父さんとお母さんに御辞儀をする。
「明けましておめでとうございます。はい、今年も頑張ってね。」
 お待ちかね。
 ポチ袋。お年玉だ。
「ありがとうございます。」
 お父さんとお母さんがいないところで、ポチ袋の中を覗いた。
 お札が入っている。去年より多い。
 それと五円玉1個。去年と同じだ。お年玉をもらい始めてから変わらない。
 去年、貰ったお年玉、何に使ったんだっけ。覚えていない。
 玄関近くでお父さんの声。
「さあ、初詣行くぞ。」

 屋台が見えてくるところまで来ると、人出も多くなっていた。
 りんご飴。お面。ヨーヨー。
 今年は何を買おうかな。
 思い出した。去年は貰ったお年玉でフラッシュ何とかという、光って飛ぶプロペラのやつ、買ったんだ。
 すぐ、飽きたし、確か壊れてしまったはず。今、何処にあるのかな。
 屋台に余所見をしながら歩いていたので、気がついたら目の前に大きな鳥居があった。


 鳥居をくぐり、参道を歩く。
「覚えているか。ここは手水舎ちょうずや。神様に失礼がないように綺麗にして清めるところだぞ。」
「分かっているわよ。ねえ。」お母さんはこちらを見て笑った。
 お父さんの動作を見ながら、柄杓ひしゃくを使い、左手、右手、左手で口をゆすぎ、左手に水を当てる。
「柄杓はこうやって、お椀の水を柄にしたたらせて洗い流すんだぞ。」
 お父さんのやった通りにして、柄杓を元に戻した。
 大きな狛犬の間の先の鳥居の手前。
 三人は立ち止まり、御辞儀をし、参道を歩き出した。
 そそり立つ緑青の屋根。その軒下に注連縄しめなわ。拝殿だ。
「いいか。神殿に一礼してお賽銭をお賽銭箱に入れる。
決して物を捨てるように入れては駄目だぞ。
遠くにいる大事なお方に渡すような気持ちで入れるんだ。
そうしたら二礼二拍一礼。
深く二回御辞儀をして、二回、手を合わせて叩き、最後にもう一回深く御辞儀をしてお祈りをする。
分かった。」
「うん。でも、どうしてお参りする時、決まりがあるの。」
お父さんは黙って少し考えた。
「おとうさんもよく、分からない。学者さんの中には二礼二拍一礼は、最近のもの。お参りの作法に決まりなんて無いと言う人がいるけど一部合ってるけど一部違うと思うんだ。
確かに昔からのものでないし、何かに書かれて決まっているものでは無い。
それは問題では無いんだ。
要は神様に失礼がないように礼儀を持ってお参りすれば良い。
挨拶と同じ。
挨拶も礼儀で、しないより決まった言葉でしたほうが相手の人は気持ち良く感じるよね。
『おはようございます』と、いつから、どうして決まった言葉でするの、どうして挨拶するの、と考えるのと同じなんではないのかなあ。」
「ふーん。」よく分からなかった。
 お父さんとお母さんがお金をお賽銭箱に入れた。
 ポチ袋を取り出し、傾けて袋の中の五円玉を右手に持ち、ひょいっと投げ入れた。
 カタン、カタ、カタン。
 あっ、投げてしまった。でも、音が気持ちいい。
 えーと、二回御辞儀してから、二回手を叩いて、最後に一礼っと。
「勉強ができるようになりますように。
運動ができるようになりますように。
弟が出来ますように。」
 顔を上げようとしたら、まだお父さんとお母さんが、目を閉じて頭を下げている。
 慌てて、頭を下げ、目を閉じた。
 もう、神様にお願いはした。
 頭を下げている間、考えることを探した。

 去年も確か、同じこと願ったんだ。
 でも、成績だって良くなってないし、足も速くなっていない。
 弟だっていない。
 こうやって神様に一生懸命お願いしても叶わないにちがいない。
 神様は約束を守ってくれない。
 約束を破ったんだ。

 石段を降りながら、神様に酷い事言ってしまったかな、と少し後悔した。
 でも、良いんだ。本当のことだから。
 ふと、何気なく脇をみると、白地の布で作られた屋台のようなものが見える。
 そこのは白地に赤の袴の巫女さんがいる。
 引き寄せられるように近づくと、そこにあった物。
 御守り。
 その時、頭の中に真っ白になるほど眩しい光に溢れた。
 何か呼ばれているような気がして、拝殿の方を振り返った。
 誰も呼んでいない。
 もう一度、御守りを見つめた。
 御守り。
 勘違い。間違っていたのかもしれない。
 守るのは神様が自分に対してで無く、自分が神様に対して守らなければいけないのでは。
 交通安全の御守りがある。
 この交通安全の御守りを持っていても、信号無視をずっとしていれば絶対いつかは交通事故に遭うだろう。
 この交通安全の御守りを持っていても神様は、交通事故に遭わないように決して守ってくれないだろう。
 守らなければいけないのは、御守りを持っている方だ。
 そうすれば交通事故に遭わなくなるだろう。
 学業成就の御守りも同じ。
 この御守りを持ったからと言って神様が成績が上げてくれる訳ない。
 御守りを持っている人が、学業成就する為に努力して勉強しなければ成績だって上がることは無い。
 努力して勉強すると約束するのは、神様では無く自分だ。
 何故、今までお参りして、神様に願った事は叶わなかったのか分かったような気がした。

 神様に約束しなかったから。

「これ、下さい。」
『御守』と刺繍された御守りを指を指し、ポチ袋からお札を出し、巫女さんに手渡した。
「なんだ。今年はお年玉で御守りを買うのか。」
「あら、なんで。」
 お父さんとお母さんは驚いている。
「今年は何にしようかな。」
 お父さんが頬に手を当てて悩んでいる。
「これにして。」
「えっ、これか。おい、どうする。」
「ええ、いいじゃないの。私もそれにしようかな。」
 お母さんが、
『子授け』の御守り
を指で持ちながら言った。

 封筒から御守りを取り出し、しげしげと見たあとお父さんとお母さんにお願いをした。
「もう一度、お祈りさせて。」
「なんだ、お願いし忘れたか。」お父さんは言った。
「そうね。私も一つお願いすることが増えたから。」お母さんがお父さんの顔を見た。
「そうか、では、もう一回お参りするか。」
 そう言って、お父さんは財布から五十円玉を手渡した。

 拝殿の前に二度立った。
 これまでと景色が変わったような気がした。
 先程、手渡された五十円玉をお賽銭箱に差し出すように入れた。
 今度は滑っていく音まで聞こえた。
 二礼二拍一礼。
 考えずに自然と出来た。
 
 さっきはどうも失礼なことを言ってすいませんでした。
 私が間違っていました。
 許して下さい。
 やりなおさせて下さい。

 明けましておめでとうございます。
 去年は、私の努力が足りませんでした。
 今年は、必ず1時間は毎日、勉強をします。
 テレビやゲームも1日1時間まで、必ず守ります。
 運動も学校に行く時や帰る時に走る訓練をして帰ります。
 お父さんやお母さんの手伝いを毎日1つやります。
 
 参道を歩き、鳥居をくぐり出ると、自然を振り返っていた。
 青空の下、うっそうと忍ぶ森の中央に翠色に光る屋根。
 注連縄に向かう参道を歩く多くの参拝者。
 その奥に続く拝殿。そして本殿。
 三人で無言で御辞儀をした。
 今年も良き年でありますように。


  
 

 
  
 
 

 
 

   

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