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苦労は買ってでもしろ? いえ、買わなくていいと思います

アントレプレナーシップについて


天才、異才、過去の起業家の「いい話」に騙されるな

誰もが名前を知っている、松下幸之助、本田宗一郎は、日本では伝説的な経営者です。彼らは多くの人から高く評価され、尊敬され、その言動からさまざまな学びが生まれています。ところが、なぜそこまで日本人に、この二人の人気が高いのか。あるいは、スティーブ・ジョブズの「ガレージから創業した」「IBMに門前払いを食らった」というエピソードがなぜ語られるのか。

そこにあるキーワードは「苦労」です。

始めたビジネスがうまくいかないとき、多くのアントレプレナーは助言を求めます。そこに多くの日本人の先達はこう答えるのではないでしょうか。

「もっと頑張ったら」

これは、もっと苦労しなさいという言葉に言い換えることができます。わたしは、あまり「頑張れ」とはいいません。いまうまくいっていない理由はなにか、それを明らかにして、その解決に集中しろというでしょう。

「頑張れ」という言葉は素晴らしい言葉です。しかし、その言葉で思考停止に陥ってはだめです。がむしゃらに頑張る、やみくもに頑張る。これでは、どんなビジネスもうまくいかない可能性が高まります。松下幸之助が薄暗い町工場で苦労していたのは事実です。しかし、彼の成功は「苦労したから」ではありません。スティーブ・ジョブズだって、ガレージで起業したから成功したのではありません。

起業時に苦労はつきものです。多くの起業家と話をしてきましたが、結構な頻度で彼らは「毎日がジェットコースターのようだ」と言います。事業そのものもそうでしょうし、人生もそうでしょう。ただ、それが苦労と訳されると問題があります。「ただの苦労」が毎日続いたら、誰だって耐えられないのです。ジェットコースターというのもポイントで、大変だけれど「楽しい」のです。毎日「今日も宙返り級の大変なことばかりだったな、でも明日も乗りたいな」と思って床につき、朝目覚めたら「今日は何が起こるかな」とワクワクする。どんな企業も、創業時にはたくさんの苦労に直面しています。でも「苦労を苦労と思わなかった」、これが真実ではないでしょうか。

日本人はというと語弊がありますが、多くの人は「苦労話」が好きです。「苦労は買ってでもしろ」という言葉もあります。苦労してそれを乗り越えて、成功する。また災難がやってきて苦労してそれを乗り越える。歯を食いしばって頑張る。物語として面白い。
映画やドラマでも同じです。ロッキー・バルボアは陽の目を見ない、ロートルに片足を突っ込んだ、貧乏なボクサーです。彼は苦労して、チャンピオンに挑戦する。苦労人がエリートを叩きのめす。たしかに爽快感があります。いわゆるスポ根といわれるジャンルの映画、漫画、ドラマは多くがこの構造をしています。無名の選手が有名エリート選手に挑んでいく。そのために、特訓という名の苦労をする。その姿に多くの人は感動する。

でも、わざわざ苦労をすることはないと思うです。
買ってまで苦労しなくてもいい。
やるべきことはするべきですし、努力も必要でしょう。

でも、苦労はできればしないほうがいいんじゃないかなぁ、と思います。

苦労を苦労と感じず、楽しめる視点

知人が紹介してくれた漫画は、同じ構造なのに「努力」に対するアプローチが違っていました。1990年頃に連載されていた「帯をギュッとね!」という柔道漫画です。無名の高校の柔道選手が、努力を重ねて全国制覇を目指すという、本当に王道のスポーツ漫画です。しかし、中盤を過ぎたあたりで様子が変わります。全国大会に出場はできた。でも、その全国大会でさらに「上」の存在を見せつけられた。そこで、5人の部員の意見が割れます。「たった5人でゼロから始めて、全国大会出場ができたんだ、十分だろう」という意見。もう一方は「もっと上がいる。彼らに勝ちたい」、全国制覇したいという意見。後者は5人のうち二人です。しかも、その二人でも意見が割れます。一人は「だから、もっときつい練習をしよう」と主張します。もう一人は、「いや、楽しんで練習したい」と答えるのです。

前者の意見は、スポ根的には正解です。苦労に苦労を重ねて、苦しんだ末に勝利を勝ち取る。しかし、後者の意見はどうでしょう。この主張はこの漫画の主人公によるものです。

「苦しい練習を持続させるためには、楽しくやらなくちゃだめなんだ」

この言葉を聞いたもう一人は、気づきます。

「俺は勝つために、自分から苦しまなくちゃならないと思いこんでいたんだ」

「でもそれは、苦しんだ代償として、勝たせて欲しいという甘えた考えだ」


出典:「帯をギュッとね!」河合克敏 小学館 より

彼らは、結果として「楽しく苦しむ」練習を編み出します。当時は最先端だった科学的トレーニングを取り入れていくのです。ただ苦労するのではなく、「この苦労にはこんな意味がある」と理解した上で取り組んでいきます。結果、全国制覇を成し遂げるのは、今回の本筋ではありません。

「苦労したから成功したわけではない」

立場上、多くの起業家と話す機会がありますし、教え子にも多数の起業家がいます。彼らの中には「苦労を苦労と思っていない」人がかなり高い割合でいます。「そこで仲間集めは大変じゃなかった?」「そこで他の会社から横やりが入って大変だったよね」「投資家にボロクソにいわれて落ち込んだでしょう?」、そう聞いてもケロッとしているのです。

「だって、いい人は自然と集まりますから」
「横やりが入ったところでやることは変わらないので」
「ボロクソにいわれても、他に理解してくれる投資家と話せばいいので」

言葉にすると頼もしい限り、という話ですが、きっとそこで苦労しているのです。しかし、それを苦労だと思っていない。苦労しなければならないとも思っていない。

成功した起業家は、苦労を苦労と思わず、むしろ楽しんでいます。まるで、ゲームをしていて、目の前のミッションを一つ一つクリアしていくように。ゲーム感覚というと誤解を招くかもしれませんが、本気で楽しく取り組んでいるのです。

Dropboxの創業者、ドリュー・ヒューストンは、母校であるMIT(マサチューセッツ工科大学)でのスピーチで次のように語っています。

こう考えてみると、”最も幸せで成功している人たち”は”自分の好きなことをしている人”という訳じゃないんです。
”自分にとってのチャレンジを攻略することに夢中になっている人”で、その人にとっては、それがとても大切なことなのです。

そんな人たちは、”テニスボールを追いかける犬”に似ています。
そんな人達の目は狂気を宿しているほどです。リードを振り払って、駆け出し、何があっても、ボールを追いかけます。私の友人にも、沢山働いて沢山お金を稼いでいる人はいます。

でもみんな、仕事机に縛られているみたいだと愚痴をこぼします。問題は、多くの人が、すぐには自分のテニスボールを見つけられないということです。

彼は、成功を「テニスボール」「サークル」「30,000」の3つのキーワードで語るのですが、そのテニスボールのエピソードがこれです。テニスボールは自分が本気で取り組めること=いわば夢です。それがあれば、それを追いかけ続けていくことは、夢中になれることです。いくらお金が稼げても、夢がなければ楽しくないし、愚痴が出てしまう。

企業に苦労はつきものです。しなくてもいい苦労はしなくてもいいですし、苦労を楽しめる姿勢が重要なのです。夢中になれることがあればいい、それは楽しむことにつながる。別に、他人から「あの人、苦労して成功したんだよ、いい話だね」なんていわれる必要は一つもないのですから。


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