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私の「関心」は「たのしい対話を通じた、チームの共通関心の創出と、その達成に向けたチームワーク」。(「ワークグラム」による関心の明晰化)(2019年3月25日(月))

エッセンシャルマネジメントスクール(ゼロ期:2019.1.31-3.20)での学びは、私に、自分の「関心」の先にあるものごとの「本質(大事なポイント)」を日々「問い学び」続け、そこからぶれることなく「行動」することの大切さを教えてくれました。

この大切なことを忘れたくなかったので、いつもの自分の「note」スタイルを使うことによって、今日から(さしあたり)1年間、自分の「関心→行動」の実践の模様を、毎日書き続けることにしました。

(今週1週間だけ、ぶら下げ先の「マガジン」を新旧2箇所に同時ぶら下げることにします。)

さて、エッセンシャルマネジメントスクール(ゼロ期)では、「人が何に価値を覚えるか」は、「その人のその時の「関心」によって決まる」という「価値の原理」を参加メンバーに根付かせた上で、自身の「関心」を明晰化するためのツール「ワークグラム」を全員で試すということをしました。

この「ワークグラム」というのは、人がよろこびを覚えるパターン(=「○○をしている時、よろこびを感じる」)を40項目に分類し列挙したもので、

それを見ながら、「ほんとそれ!」と思うものには10点を、「いや、そんなことによろこびを感じたことってないなぁ」というものには0点を、「そこそこワクワクしないでもないかな」というものには5点とか、そんな具合に点数をつけていくことで、

自分がどのような事項に強い「関心」を持っているのか(はたまた、実はこの事項には大して「関心」がなかったなど)を明晰にするツールです。

昨日は、久しぶりにこの「ワークグラム」をやってみたのですが、風邪を引いて喉を痛め調子が悪いせいか、前回と比べ「ワクワク」項目がぐっと絞られ(なんにもしたくない気分が強まり、ほとんどの項目が0点から3点にとどまった)、そんな中でも自分が10点をつけた項目を拾っていくと、

「チームメンバー」と「たのしく対話」することを通じて、それぞれの「関心の重なる部分」を見出し、その「関心の重なる部分」をなんとかして実現させていくための「方向性や戦略」を立て、「チーム一丸となって実践」していくことに、自分の関心が相当絞られていることに気づきました。

今日からは職場の「引継週間」。私の仕事上の「チーム」というのが、形にならない状態でいったん溶け出すようなイメージになります。

この3年は、「チームワーク」がたのしくできなかったからこそ、エッセンシャルマネジメントスクールで学ぼうと思え、その結果、「仕組みだけをいくら整えても機能しないんだ」「仏つくって魂入れずって、こういうことなんだ」「魂って、共通関心をつくろうとする対話なんだ」と学んだわけですが、ここからさらに、

「対話ができない人とは魂はつくれないわけだけど、その対話をしてくれない人もその人なりに頑張っている」「対話をしてくれない人に対して怒りを抱く自分を嫌悪し、いい空気をつくれない自分を責め続けてきたけれど、明るく怒るなら全然OK(むしろやったほうがいい)」と思うに至っています。

私は今まで、「どうやっても怒ってしまう自分」を嫌悪し、苦しんできたのですが、エッセンシャルマネジメントスクール(ゼロ期)では、自分の「関心」を「よくないもの」として閉じ込めると途端に生きづらくなるということも教わりました。

もちろん、出力方法を間違えば、社会的に辛くなって、それこそ最高に「生きづらく」なってしまうわけですが、出力方法さえカラッと「明るく」させれば、自己嫌悪なく自分のメッセージを伝えられていいんじゃないかと…。

そして、「対話をしてくれない人もその人なりに頑張っている」と思えるようになったことには、自分の体験に基づく気づきもありました。

私は若い頃、周囲に仕事ができてプライド高く仕事に臨んでいるように見える人しかいないような職場で、自信ゼロの中、必死にもがいていたことがあるのですが、
今からちょっと前、その当時ひたすら怖いと思っていた上司と久し振りに話をした時のことをふと思い出しまして。

「怖い」と思っていた当時から、たぶん15年くらいぶりにお話をしたのですが…全然怖くなく、たのしくお話ができたんですよね。

思えば、その「怖い」と思っていた時も、その上司に何をされたわけでもないんです。私が勝手に「ダメな人間だと思われてるんじゃないか」と思っていただけ。

今、私と対話をしてくれない人も、もしかしたら私に対してそういう思いを持ってるんじゃないか、だから私がその空気をなんとかしようと話しかけるたび、その人はこわばっていたんじゃないか…。

要は、私にできることって、何もなかったということなんですよね。15年くらい待つしかできないということ。

ということで、私はこれから、「対話をしてくれない人」については15年待つことにしつつ、「対話をしてくれる人」との出会いに感謝して、その人との間に「共通関心」をつくり、その「共通関心」の指し示す先にあるものの達成に向けて「チームワーク」をたのしんでいく生き方を貫いていこうと思っています。

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