いまだ表現はできないけれど。(2020年4月27日(月))

今朝は『荒木飛呂彦の漫画術』を読み始めながら、同時に、池田清彦さんの『初歩から学ぶ生物学』で学んだ「オートポイエーシス」(※1)の概念だとか、同じく池田さんの著書『生物にとって時間とは何か』の中で池田さんが便宜上お使いになられていた「世界1、2、3」の分類フレーム(※2)のことを思い出し、

私は、自分がその都度へぇと思ったことを、物語に成形し、できるだけ美しくごきげんに表現して生きていきたいと願っているのだ、ということを思うに至ったのでした。

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(※1)「オートポイエーシス」
「常に暫定的」に、「その都度内と外を確定しつつ自分自身を保」ちつつ、「自分を構成する物質をどんどん変えながら」「自分で自分を作り、それを常に現在進行形で行な」う仕組み

(※2)「世界1、2、3」の分類フレーム
(ウキペディアによれば、1902-1994に生きたイギリスの哲学者)カール・ポパーによる、次のような世界の分類フレームとのこと。
「世界1」:物それ自体の世界、単純に言えば自然
「世界2」:意識あるいは主観的経験の世界
「世界3」:言明それ自体の世界、単純に言えば表現(の総体)

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つまり、私は、自分の「世界2」が「世界1」や「世界3」、あるいは他の人の「世界2」に触れたことで捉えた何かしらを、誰かの「世界2」には即興で返せなくてももはやいいから、「世界3」に物語の形で返し続けて生き続けたい(そんなオートポイエーシスを回していきたい)と思っているのです…けど、

こんな具合に、自分の感覚をそのまま言葉にしようとすると、何を言っているのかわからない表現になるのですよね。そこの壁を乗り越えるトレーニングを、この「創造的休暇」の期間に積んでいこうと思っています。

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