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共に生きられる人が欲しいな、と思う

最近、ときどきそう思います。「人生の伴侶がほしいな」と。

そういうときに思い浮かべるのは女性。互いに寄り添って支え合えて、共に趣味を楽しめて、私の子どもを産んでくれる人。

最後が無理なわけで。

いつか科学技術が発展したらできるようになるんでしょうね。

自分の体にあるのは卵巣と子宮ですが、自分がこれを使って子を生むことは考えられません。この文章を書いているだけで気持ち悪いです。

どうも私は本能的に妊娠「させる側」なのです。つまりはオスなのでしょう。

性別適合手術を受けたところで、誰かを妊娠させられるようにはならない。

そもそも、私の価値観として、「仕事して金を稼いで家族を養いたい」のです。

易疲労性やら発達障害やらなんやらのおかげで、会社勤めはできそうにありません。もう諦めました。訓練ですら多分耐久できないので、今の自分ができる働き方で働くしかないのです。

そうすると、ろくに稼げない。ろくに稼げないので、誰も養えない。誰も養えないから、結婚を申し込む資格もない。

そもそも恋愛感情も何年か前に失踪したきり、帰ってこないんですけどね。

私は一人っ子。親戚付き合いもそんなに密じゃない。親がいなくなったらこの世に一人。それはとても寂しいと思う。

今も、ひとりで寂しいし……。

仮に手術への恐怖もなくなって、ホルモン治療の苦しみも乗り越えて、男性になれたとして。

実子は成せない。

その、絶望感たるや。

共に暮らしたい女性はいる。けれど遠隔地に住んでいる。それに、お互い恋愛感情はない。夫婦になりたいかと言われると、そんなことはない気がする。

最近、起業しようとしているけど、たびたび「夫婦でやるのが良い」と言われる。男と結婚なんてまっぴらだし、女性と結婚はできないし。

「女性起業家の時代だ」とも。起業する女性を支援する団体もある。

“女性起業家”の枠に入れられることが苦しい。

全然まとまらないけれど、なんだか悲しくて眠れないので……。

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