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雑記 2 「声」の値段

 ある脚本家が書いていた話だが、今から15年以上も前に読んだ話なので、どう言う本で読んだのかも、その人の名も忘れてしまった。

台本のト書きに「ここで百舌(モズ)が鳴く」
と書いたら、得体の知れない爺さんがやってきて
「旦那さん、その鵙が鳴く時間は朝ですか、夕方ですか」
と言う。
「朝と夕方と鳴き方が違うのか」
と尋ねると
「はい左様でございます」
と言ってやってみせた。
自分の耳には、鳴き声の長短くらいしか違いは分からなかったが、
「朝か夕か決めてもらわないと鳴き声は出せない」
と頑固に言い張るので、
「夕方」と言った。

 次に「コオロギの声」という部分に栞が挟んであり、
「これは一匹ですか、それともたくさんですか」
と問うので、一匹と答えた。
音の数だけでなく、独り鳴きと競い鳴きでは高さが違うとこの爺さんは言った。

 爺さんは擬音を担当する裏方で、昭和30年くらいには、まだ声帯模写のような仕事が舞台にあった。
爺さんは台本の担当箇所に「三百円」とか「五百円」とか赤で書き込み、合計して、声の値段はいくらいくらになります、と請求してくる。
会計は
「予算が少ないから、声の量を半分にして二百五十円にしてもらえないか」
と交渉する。
「鳴き方を半分にするのは無理でございますが、予算が足りないのならやむを得ません」
と爺さんがまける。

 擬音と言えば、風の音、波の音にも、暴風雨、木枯らし、大波、小波、それぞれ値段はあったようである。
紐をぶんぶん回して北風が吹き荒れる音を出す。
柳行李の内面に渋皮を張り、入れ物を傾け中に入れた小豆を転がして、ざあーざあーという波の音を作る。お椀を逆さにして砂に打ち付け馬の足音を作る。
舞台の裏手の忙しさは大変なものである。
今のように音響技術師が無表情に効果音のスイッチを入れるのと違い、現場には活気がみなぎっていた。

今日の稼ぎは合計で二千五百円。
懐に仕舞いつつ、今夜は寒いから帰りにどら焼きを買って帰ろう、などと思ったかもしれない。

 犬の遠吠え、カラス、鶏、ウグイス、コオロギ、スズムシ、猫、カエル、山羊、牛・・・。
職人の中には実際の動物より鳴き方がうまく、メスが寄って来るという藝の持ち主もいたそうである。
唇ひとつの藝である。

 朝晩で鳴き方が違うというが、確かに百舌が二種類の鳴き方しかしないはずは無い。

うちの猫の鳴き方だって沢山ある。

甘え声、
獲物を見せたい得意声、
窓ガラス越しに鳥を見て漏れる声、
とびきりのご馳走を待つ声、
恋する声、
遠慮する時口だけあいて声の出ないニャオ。

私も少しは出来るかもしれない。さあ、いくらで売ろう?
 
 

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