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何において、メインで、サブで
何を書こうか?とnoteを開くというよりは、いつもゆるやかに前の記事の続きを書いているかのようで。
一つずつの記事を書いているのではなく、大きな1つの物語の断片を取り上げて言葉に残す。
どこを切り取るか?こそが、その人の人格を形づくるのではないか?とさえ思っています。
日常の中で潜って抱いた抽象的な想いを、自分を含めて誰かが後から見たときに読み返せるよう、言葉にして残すという営み。
不思議とこの営みこそが、健やかに心を落ち着かせてくれる気がします。
* Prelude
本業の仕事を日中しつつ、
何において本業なんだろう?と考えてみると、
それは大きくは「稼ぐ」ことにおいてだと思いました。
今まで培ってきた経験や技術を錬金術のように給与分の働きに変換する。過去の営みを現在に換えて、その対価をいただいている。
けれども、もうすこし潜ってみると、きっとそれだけではないと思うのです。
ちゃんと挨拶をする/誰かに感謝をし感謝される/誰かとともにサービスをつくりあげるという、社会性と他者との共存が折り重なった貴重な時間でもあるのかもしれません。
この本業がなくなってしまうと、稼ぎもしなければ社会性もない、孤独なアーティストに様変わりするのでは?と思うと、すこしぞっともします。
そう言った意味で、自分が社会の中で漂っていられるのは、この本業のおかげ。社会と繋がる大きな役割を本業が果たしているのかもしれないと腑に落ちました。
* Story
反対に「副業」とは?と考えてみます。
稼ぐと言う観点で見るとそれは本業に遠く及ばないけれど、もし自分自身が生き生きとしてくるものであれば、本業と呼べるのかもしれません。
私にとってはそれが、「言葉を介して誰かのためになっていると感じること」でした。
大衆や社会を意識した言葉ではなく、特定の誰かに向けたオリジナルの言葉。「普通は〜なのに」とかき消されることなく、周りから揶揄されることもない。
開かれた場よりも一対一の閉じられた秘密のやり取りがよくて、話す/聴くよりも、何度も触れられる話す/読むがいい。
こうしてLetterに辿り着いた気がします。
* Finale
少しだけ視点をずらしてみると、副業から「稼ぐ」を引いてみると「ボランディア」にもなるし、「趣味」にもなる。
けれども私の場合は、どこか金銭が関わるサービスであって欲しいと思ったりする。でないと自分自身が本気で向き合えないし、費用をいただくからこそ心から嬉しくなり、報いたいと思う。
そんなちょうどいいバランスを見据えながら、サービスの設計をゆっくりと。
* おまけ
最近はLetterを書くときに気持ちとリンクする作業用BGMを選んでいます。日常から非日常にトリップするためのおまじない。
今回はこの曲です。
悲しいことぜんぶ 聞かせてほしいよ
嬉しいことぜんぶ 聞かせてほしいよ
いつも心の奥の心情を優しく表現してくれるメロディ。BGMというよりも主題歌なのかもしれません。
どうか、同じように潜っている人の隣で響く言葉となりますように。
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