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ジントニックと煙と月の狭間。

「誰でもいいなら、誰かで埋めてよ。」

そう言って、彼女はジントニックに口をつけた。

午前2時。
常連客がちらほら残っているだけの店内は、薄暗い。

彼女の隣に座っている僕は、返す言葉を見つけられず、ただ耳を傾ける。

「でも、結局さ、私じゃないとダメな場所なんてないんだよね。誰でもいい場所に、たまたま辿り着いただけ。それを運命だなんて嘯いて、適齢期だからって結婚して、不倫は文化だなんて都合のいいこと言ってさ、みんな、そうやって生きてるんだよね。」

彼女は少し笑いながら、セブンスターに火をつけた。
煙がゆっくりと立ち上がり、カウンターの上で薄く広がる。


「ほんと、くっだらなーい。」

彼女は、そう言うと灰皿に煙草を押し付ける。

都合の良い浮気相手ばかりを彼女は、繰り返してる。

好きでもないし、高いお店行けるし、重たい責任もないし、嫌んなったら、相手のせいにして別れたらいいし。

興味がないのに興味があるふりばっかりしてたら自分が何を好きなのかわかんなくなっちゃったよ。

彼女は、自嘲気味に笑った。
....どうしてこんな大人になっちゃったんだろうね。

本当に
自分じゃないと
ダメな場所ってあるのだろうか。

そう思っていたとしても
呆気なくその場所を代わられてしまう事ばかりじゃなかっただろうか。

そんな事を考えた。


いつからか、こうして夜中に酒を飲み、愚痴をこぼすのが日常になってしまった。


夢や希望や純粋や誠実。
そう言うものを大切に生きてきたはずだった。
けれど
世の中は、世知辛い。

そう言うものほど、ぽっきりと折れてしまって
これ以上心が傷付くともう駄目な気がしてしまうことばかりだ。

期待しない、仕方ない、そういうもん。

それが正しい、正しくないより
今、全てがぽっきり折れてしまわないように生きる事で精一杯だった。


「ねぇ、私たち。何してるんだろうね。」

彼女がぼんやりと煙を見つめながら呟く。

僕は答えられずに
ただ、彼女の隣に座り、同じようにジントニックを飲みながら、夜が更けていくのを感じた。

午前2時のこの時間は、何かが終わって、何かが始まる前の、曖昧な境界線のような気がする。

僕たちは言葉を交わさず、ただそこにいるだけだった。でも、それで十分だった。

例えばそんな風に
誰でもよかったかもしれない場所に
今、お互いがいる事。
そういうものをちゃんと大切にしてあげたいと思った。
今、その役割としてここにいる事。
それをちゃんと見つめてあげたいと思った。

ジントニックの甘さが口の中に広がる。

正しい事に生かされる事ばかりじゃない。

けれど
自分が何を大切にしたいのか。
その事をちゃんと自分で知っていたいと思った。

帰り道。
ぼんやりと見上げた月。
繰り返していく毎日をそっと身守るようにそこに光った。




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