短編SF : 宙域のメリークリスマス

 コクピット内が赤くなり、ビープ音が連続的に響く。ロックオン警告。
「緊急回避!」
 戦闘AIに叫ぶと、スラスターが噴射され機体は回転しながら上昇。一瞬にして4Gが掛かり意識を失いかける。反転、逆回転からの急速下降に血流は頭に集中する。
 警告音が止まる。
 ふうぅ、と息を吐き、強化アクリルを通して頭上の地球を仰ぎ見る。
 軌道上で展開される月面独立軍との戦闘はかれこれ三時間は続いていた。通信によるとかろうじて連合軍が有利なものの、お互い消耗しており、まもなく戦闘は休止されるだろうことが予想される。
 これまで二機撃墜している。せめてあと一機。その時、視界を反射光が横切る。
『サン、ハチ、ロク、五時の方向、二十』
 AIの音声から自機と敵機の位置を頭の中に再生し、スティックを傾ける。
 再びロックオン警告。別の機体か。
「緊急——」言いかけて、自分でスティック操作を行う。AI任せで回避行動をすると相対位置が把握できなくなる。左下に向けGが掛かるが、警告音は消えない。上、下、目まぐるしく動かすが、効果がなくオレは焦る。ピピピ、がピイィィ! と連続音になる。
「緊急回避!」
 叫ぶ。体が浮かびシートベルトが肩と腰を押さえつける。右回転、から急速スライド。
 AIが必死の回避行動を取り、オレはコクピットでシェイクされる。だが耳障りな警告音は止むことなく、次の瞬間、強烈な衝撃でオレの意識は暗転した。

 頭の痛みに意識を取り戻した。
 足元に地球、眼前に輪郭——地球と宇宙の境界線が広がる。まるで宇宙空間に立つかのような格好で、オレは漂流していた。
 体は回転していない。無重力下において奇跡のような確率だ。
 左腕は痛みを通り越して痺れたように何も感じない。口の中は血の味がする。
『識別番号三〇七、信号を受信している。戦闘継続可能か。識別番号三〇七——』
「こちら三〇七、戦闘不能」
『——状況を報告せよ』
「本人のみだ。機体はバラバラになって死んだ。スーツで軌道上を漂ってるよ」
『オケィ、位置把握に時間がかかる。酸素はどれほど持つ』
「AI、酸素残量を」
『二十分弱』
「だ、そうだ」
『——全力は尽くす』
「よろしく頼む」
 通信は途切れた。絶望的だった。
 おそらく捜索はされまい。広い宇宙空間に放り出され、位置把握もままならない、酸素も持つか分からないパイロットは、探すだけ軍のリソースの無駄だ。
 私はぼんやりと地平を見る。キラリ、と移動する何かが光った。
(敵機か、味方機か……)
 かなり遠い。オレは目を凝らす。戦闘機が救助出来るわけでもないが、気にはなる。

 トナカイと、ソリ。

 明るい地球の反射光で影になってよく見えないが、戦闘機の形はしていない。ソリを引いたトナカイにしか見えない。
「おいコントロール、戦闘はまだ継続中か」
『いや、一時間ほど前に敵味方全機が帰投している』
「オレの目の前、と言ってもずいぶん向こうだが、に移動物体がある。広域レーダーで探索できないか」
『戦闘宙域はスキャン済みだ、戦闘機サイズの物体は見当たらない』
「じゃあ、あれはサンタクロースだな」
『——何を言っている』
「今日は十二月二十五日、だろ」
『連合軍標準ではそうだ』
「メリークリスマス!」
 オレは笑った。
「サンタが来てくれたぜ! おおい、オレはこっちだ!」
 手を振る。ソリに乗った何者かが、手を振り返してくれた。
『三〇七、キース少尉、気を確かに持て』
「大丈夫、オレは正気だ、痛みもない。頭もこれまでにないくらいスッキリしてるぜ」
 地平が少しずつ、視界の上に上がる。それは体が地球の引力に引かれ、落下していることを意味していた。
「オレはいい子だったろう、母さん、父さん! だからサンタがやってきてくれたんだ!」
 なぜか涙が出て、視界がぼやける。それでも、サンタが近づいてくることだけは分かった。
「なあ、何をくれるんだい? いい子にしてたんだ、とびきりのものを頼むよ」
 それから両手を振ろうとしたが、何故か左腕が上がらない。仕方がない、オレは力一杯、サンタに向かって叫んだ。

「メリークリスマス!」

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