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谷津が考えた徳川吉宗、要は七転八倒です

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 新刊『吉宗の星』(実業之日本社)を企画するとき、当たり前のように問題になったのが「吉宗をどんな人物として設定づけるのか」でした。そりゃそうですよね、主役がどういう人物なのかを想定しないまま小説は書けませんから。
 普通の小説ならばこの辺りはうんうん唸りながらひねり出すところなのですが(小説の大変さは奈辺にもあると思うのですが)、わたしの企画の場合は歴史上の人物という公式の元ネタがあります。そのため、歴史小説を書く際には史実の動向やこれまでの創作での積み重ねなどを参照するのです。
 わたしの調べた範囲では、徳川吉宗、なんともこう、「手段を選ばない」人であったようなんですよね。
 紀州藩主時代、江戸中に密偵を放っていたらしいですし、時代のせいとはいえ、時々で政敵がいいタイミングで死んでいます。谷津が当初考えた「謀略の人」という芯はこの辺りから想像したのですが……。
 意外に、低姿勢の人でもあったようなんですよ。
 諸大名への書状や命令書などを見るに、なんとも丁寧というか、「本当にかたじけないことだとは理解しているが諸大名には曲げて頼み申し上げる」式の、”要請”だったりするんですよ。吉宗が密偵を使っているのは公然の秘密だったようなんですが、そんな人が低姿勢で来られたら怖いよなあ、そんな感想も抱きました。その上で、基本的に謀略の士だけど、腹芸もしっかりできる強かで冷血な男、という印象が固まってゆきます。

 とはいえ、ですよ。
 今度は「手段を選ばないマキャベリストで腹芸のできる男」では、歴史小説の主人公として成立させるのが難しいのではないか、的な疑問がわたしの脳裏を掠めるわけです。
 本作は江戸城を主な舞台にした謀略小説なので、主人公が冷血漢だろうがマキャベリストだろうが間違いなく成立するんですけど、この辺り、実在の人物をモデルにする歴史小説ならではの問題で、そういう「キャラクター」として造形しちゃうことに一抹の申し訳なさが立ってくるのです。

 思うに、歴史小説の凄さは、わたしのようなへっぽこ作家にも、幾重にも逡巡を与えてくれることなんじゃないか、今はそんな気がしています。
 小説を書くに当たって、逡巡そのものはあんまりいいことじゃないんです。ただ、その逡巡の果てに人物造形が重層化していけば、より奥行きが生まれていくのも事実で。

 と、そんなこんなの逡巡の詰まった本作、5/20頃発売開始です。

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