桔梗の旗書影

言葉は相手への棘である

【PR】

 たしか、さくらももこ先生のエッセイだったと記憶しているのですが、こういう記述がありました。

「(イベントの)前日に髪の毛を切ったせいで、髪型が素人臭くなってしまった」

 すみません、正確な文章は忘れてしまいまして、今となってはどの本に載っているのかも分からないので調べることも出来ず。
 わたしがこの文意の文章に出会ったのは小学生の時分だったのですが、そういうものか、と得心し、それから、卒業式、入学式や入社式、結婚式といったコントロール可能なイベントごとの際には、二週間ほど前に理容室に行くようになりました。というか、もはやこれは強迫観念といってもいいくらい、わたしの中に根付いています。

 きっと、言葉ってこういうものなんだと思うんですよ。
 実のところ、やや息苦しさを感じないこともないのですが、それでも楽しいというか。
 常に言葉は棘なんです。
 どんなに砂糖を振りかけてリボンをつけてやっても、言葉の本義は相手の心に突き刺すもの。そして相手の心の形を変容させるものなんじゃないかなあと思う次第なのです。もちろん、言葉を商売にしている以上、そのセンシティブさには細心の注意を払わねばならないのは当然のこととはいえ――。それでも、わたしは他人の心に棘を刺す仕事がしたいなあと思っている今日この頃です。

 さて、なぜこんなことを今日述べているのかというと――。

 実は今日、写真付きで取材を受ける予定なのですが、どうしても時間が取れず、昨日散髪に行ってきたんです。なので、「素人臭い」髪型になっているのではと恐れおののいている次第でして。
 実は本日はそのほかにもいろいろとありますので、もし本日のわたしの髪型をご覧になった皆様、「素人くせえ!」と笑っていただけましたら幸いでございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?