『新歴史・時代小説家になろう』第33回難しい言葉をどう読者に伝える?
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小説は、言葉で構成された創作ジャンルです。
漫画や演劇、映画などと比べると、情報量が少なく、抽象的になりがちであるという特徴があります。
その難しさが、歴史・時代小説には横たわっているのですが――、というのが、今回の話です。
掛矢って飛び道具じゃないの!?
最近、小説を書いていて「掛矢」を登場させることになり、小首をかしげたことがありました。
あれ、もしかして、今の人、掛矢のこと、知らない人が結構多くない? と。
皆さんは掛矢、ご存じでしょうか。
大きな木槌のことで、杭を刺したり、壁を破ったりする時に使う大工道具です。
こう聞いて、驚かれた方がいらっしゃるのではないでしょうか。「掛矢なんて名前がついているから、てっきり弓矢関係のものだと思ってました!」と。
この例は極端ですが、小説は「名詞」で出来ています。そして、知らない名詞が出てきた場合、読者は字面や漢字などからそれがどんな役割を負っているのかを類推し、その上で腑に落とすというプロセスを取っています。しかし、その名詞に与えられた漢字がその物のイメージと大きく異なる場合、掛矢の例のようなことが起こります。
そういう意味では、歴史時代小説は常に、この恐怖にさらされている小説ジャンルであると言えます。
現代の私たちとはまったく違う文化の中で暮らす人々をどう描写するか。これはある意味で、永遠のテーマであると言えます。
難しい単語を書き連ねるのもあり
歴史時代小説でよく、「何が書いてあるのかさっぱり訳がわからない」という描写があると思います。特に、着る物であったり身につける物であったり棲んでいる場所であったりについて、聞き慣れない言葉が延々続くなんてこと、皆さんも体験があるんじゃないでしょうか。
特に服なんかは難しいですよね。素襖だの直衣だの直垂だの裃だの大紋だの。だって今、日常会話ではそれらのものは「着物」「和服」と言い習わしてますもんね。
でも、逆を言えば、当時の人々にはこれらのものを区別する意味があったわけで、これらを正確に書き連ねるだけで歴史時代小説っぽい雰囲気が出ますし、不思議と格調めいたものも生まれます。
ただ、この書き方はかなり知識のある方向けです。
わたしもよく間違うのですが、当時には当時のドレスコードが存在し、そこから外れた描写をすると途端に嘘くさくなります。以前読んだ小説で、素襖や直垂や大紋を同時に着込んでいるような書きぶりがなされている箇所があって驚いたことがあります。それはかなり例外としても、難しい名詞を使う際には、その名詞の裏にある文脈(どういう場面で使われるものなのか、いつの時代に使われていたものなのか、など)を理解しておく必要があります。
カッコを活用も手! なのだけど……。
これも手としてはアリです。
たとえば、「掛矢(大きな木槌)」みたいなやり方です。
なのですが……。
このカッコというのがなかなかの曲者なんですよね。
いえね、わたしの感覚だと、カッコって、三人称の神視点でしか使えないんじゃないかと思っているんですよ。
たとえば、
「掛矢(大きな木槌)を持ってこい!」
という台詞があったとしますよね。
この際、発言者は間違いなく
「掛け矢を持ってこい!」
と発言しているはずです。カッコ内の言葉は、語り手による注釈なんですよ。そうすると、視点人物と感情の在り方を同期させている一人称や三人称の特定人物視点では、視点論の観点から用いるのが難しいのではないか、というのがわたしの言わんとするところです。
名詞に頼りすぎない
これは小説を書くにおいて持っておかなくてはならない視座だと思いますが、読者に完璧な知識を期待するのは間違いです。世の中にはあまりに情報に溢れすぎています。自分の描き出そうというものが名詞の組み合わせだけで構成できるとしたら、きっとあなたの書いているものは、手垢のついたどこにでもあるものの集積体である可能性を疑った方がいいと思います(実は、そういう趣旨の実験小説もあるので、一概にはいえないところなんですけど)。
そう、だからこそ、描写が大事なのです。
たとえば、その使用している様子を描写する、とか。
掛矢の例で言うなら、
僕はふらつきながらも掛矢を振り下ろして、杭を深々と地面に突き刺した。
とすれば、「掛矢」はどうやら杭を地面に突き刺すことができるほど重いものだということを類推できます(「ふらつきながら」という部分でも、その類推を助ける効果が期待できるでしょう)。あとはさりげなく形を作中で示してやれば、木製のハンマーのような物なんだろうな、という想像がついてくるはずです。
あと、名詞そのものを示さず一般的な名詞と描写を組み合わせることで読者に伝えるテクニックもあります。
皆様、カルサン袴(軽衫袴)ってご存じですか? ええと、水戸黄門で旅姿の黄門様が穿いている袴……と説明しても、今、水戸黄門を放送してないんだよなあ……。
ところが、ある小説を読んでいて、カルサン袴をこのように表現しておいでで、思わず膝を打ちました。
足首の辺りですぼまった袴
ああ!
確かに!
この描写はカルサン袴の形態をこれ以上なく的確に表現しておられます。
何より、この作家さんのおもてなしの心に驚きました。
まちがいなく、この作家さんはカルサン袴に関する知識があるはずです。でも、現代の読者にはわからないだろうと考え、的確・簡潔な描写でもって言い換えをする。こうすることによって、視覚的イメージを読者に伝えることに成功しているのです。
……今回の話、歴史時代小説が云々というより、小説論的になっている……。
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