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水沢秋生先生『俺たちはそれを奇跡と呼ぶのかもしれない』(光文社文庫)の解説を担当しました&水沢秋生全ワークス紹介

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 今日はお仕事報告です。

 小説家、水沢秋生先生の2017年単行本作品『俺たちはそれを奇跡と呼ぶのかもしれない』(光文社)の文庫化にあたり、谷津が解説に当たらせていただきました。

 ノンストップエンターテイメント、頭を空っぽにして読んでも満足度の高い本作、果たして解説なんか必要なんだろうか(蛇足じゃないのか)と思わないこともなかったのですが、水沢先生のこれまでの歩みを(ライトノベル作家・キャラクター文芸作家時代を含めて)分析し、本作の位置づけを探ってます。
 この解説、本作から水沢作品に触れた方へのプレゼンを兼ねた小稿となっています。ですので、本作文庫を通じて水沢秋生に興味を持った皆さんは、過去作、最新作を含めて水沢秋生をチェックして頂けたら幸い。
 それにつけても、なぜ水沢氏と版元さんがわたしに解説を依頼してきたのか、未だにマジで理由がわからないんだぜ。解説でも書いたけど、たぶん水沢氏一流の諧謔か冗談だと疑ってます。

 というわけで、この原稿を書くに当たり、水沢作品をすべて総ざらいしたのですが、その副産物を皆さんにお裾分け、というわけで、今日は水沢秋生作品を短文紹介していこうと思います。皆さんのハートに刺さったら幸い!

独断と偏見による水沢秋生全ワークス紹介 2011-2020

『回る回る運命の輪回る 僕と新米運命工作員』(2011年7月 電撃文庫)波乃歌名義

 ライトノベル作品。運命をねじ曲げてしまう特異点〈イレギュラ〉である主人公浩平と、〈イレギュラ〉を監視する〈ソサエティ〉少女・ノアを軸にした学園恋愛SF作品。のちの水沢秋生の活動を知っていると異色作にも思えるかもしれないが、ところどころに水沢らしさが滲んでいる。何よりらしさがあるのは、お菓子作りがめちゃくちゃ得意という女子的な設定が付与されている草食系男子浩平のキャラ造形だろう。「草食系男子」は、水沢の仕事の中で、ずっと伏流水であり続けているモチーフの一つ。

『ゴールデンラッキービートルの伝説』(2012年1月 新潮社→キノブックス)

 第7回新潮エンターテインメント大賞受賞作品にして、水沢の一般文芸デビュー作。のちにキノブックスで文庫化(リンクは新潮社版)。
 子供の頃の小さな世界が大人になったわたしたちの背中を押す。誰にでもある子供時代のささやかにしてブリリアントな小さな冒険を描く。本作の「取り返しのつかないノスタルジー」に対する哀愁は、のちに代表作となる『プラットホームの彼女』に結実していく。

『回る回る運命の輪回る2 ビター・スイート・ビター』(2012年1月 電撃文庫) 波乃歌名義

 学園恋愛SF作品第二弾。〈イレギュラ〉と〈ソサエティ〉という本作独自要素をさらに広げて構築されたストーリーもさることながら、2012年の作品としては極めて扱いが難しかったであろうある物事についても作中で扱っている。水沢秋生は職人性の高い作家でもあるが、職人としてやることをやった後には書きたいことを書いている風にも見えるのである。

『ビューリフォー! 准教授久藤凪の芸術と事件』(2012年7月 メディアワークス文庫) 波乃歌名義

 (発売当時はまだこの言葉はないが)キャラクター文芸的な作品。毒舌極悪准教授とアルバイト学生の凸凹コンビによる絵画ミステリ。本作は水沢の職人性が遺憾なく発揮された一作と言える。これまでの作品群との共通点があまりなく、しっかり(往時の)流行を押さえ、それを自家薬籠中のものとしている観がある。しかしながら、本作で培ったであろう「ミステリ」の作法は、後の水沢にとって欠くべからざる武器となっていく。
 なお、現時点における波乃歌名義の最終作。

『ライオット・パーティーへようこそ』(2014年7月 新潮社)

 本作は一月後刊行の『カシュトゥンガ』との姉妹作と見ていいと思う。
 空が塞がれているかのような窒息感。その中で生きる若者たちの怒りや無力感や哀しみはどこへ向かうのか。お祭りじみた狂瀾の果てにある若者たちの心象を描く。
 本作辺りから、水沢はよりはっきりと「女性目線」を前面に出すようになる。後の水沢はさまざまな「目線」を駆使して物語を作るようになっていく中、作家としてキャリアの浅いこの時期に女性目線を開発、育ててきた意味は大きい。水沢の「女性目線」は『プラットホームの彼女』で大金星を上げた後、様々な作品で手札の一つとなり続けている。水沢の隠れた武器「女性目線」を培った作品といえよう。

『カシュトゥンガ』(2014年8月 祥伝社)

 なぜか公式サイトが見つからなかったんだぜ(汗)
 2013年頃~「小説NON」連載作品。前作『ライオット・パーティへようこそ』よりも登場人物の年齢は下がり、登場人物たちは青春まっさかりの中学生。そこに描かれるのは、逃げ場のない学校という檻、そして、スクールカーストの下層にいる者たちの鬱屈と、その者たちを救う謎の言葉「カシュトゥンガ」。
 イヤミス的な気配も濃厚、かつ暗黒青春ものとしての読み味もある作品。前作とは姉妹作といって差し支えないと思う。全作とは「逃げ場のない青春」という共通のモチーフを共有している。

『運び屋』 (2014年12月 実業之日本社)

 これまでの青春ものから打って変わり、四十代の運び屋一之瀬英二を主人公に置いた変格ハードボイルド。何が変格かというと、ときには非合法なものを運び、ときには危ない橋を渡る主人公英二は淡々と、そしてプロフェッショナリズム溢れたモノローグを語りながら依頼を果たしているというのに、ところどころで英二が弱音を吐いたり、情けない事態になったり、仕事の合間にほろりとくる展開が待ち受けていたりする。今のところ、水沢唯一のユーモアものといえるかもしれない。
 そしてこうした作品を軽く書けてしまう(変格を書くためには、本格を押さえておかなければならないのです)、水沢の職人性がいかんなく発揮されている。そして、職人性を感じさせる仕事であればあるほど、水沢個人のホンネが強く滲んでいたりもして、そこを窺うのも一興である。

『プラットホームの彼女』 (2015年1月 光文社→光文社文庫)

 2021年現在の水沢の代表作の筆頭に挙げられるだろう作品。水沢初心者にまずお勧めしたい一作。
 様々な悩みを抱える人々の人生模様と、その人の近くに現われる謎の少女を巡る、感動のミステリー。
 本作はこれまでの作品で水沢が培ってきたすべてが入っているといえる、幕の内弁当のような作品。過去への哀愁、どうしようもない自分という檻、女性目線、ミステリー的な仕掛け、そして、爽やかな感動。
 水沢の2011年から15年までの活動の集大成ともいえる作品となっている。

『わたしたちの、小さな家』(2015年12月 光文社)

 水沢秋生のワークスを理解するにあたり、『プラットホームの彼女』以前と以後という区分に意味があるのではないかとわたしは考えている。
 先にも書いたが、『プラットホームの彼女』以降、水沢はさらに少しずつ変化を遂げ始めているのである。
 本作は特殊な運命を有した女性主人公によるローファンタジー的な作品。その設定はメタファーとしても機能しており、女性が抱える家の呪縛、女性性の呪縛を剔抉している。そして、主人公はその呪縛に対して明確に戦いを挑んでゆく。
 個人的に、作家・水沢秋生を変えた一作だと考えている。

『梅と桜』(2017年3月 Kindleオリジナル)

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 電子書籍のみ。
 ごく普通の家に植えられている梅と桜の日々と心の交歓を描いた25ページの短編作品。ファンタジー的、童話的な雰囲気もありつつ、「泣き」の要素やどうにもならないやるせなさが詰まっている。読後感は割と『プラットホームの彼女』と似ているかもしれない(し、傾向も似ていると思う)。
 amazonアンリミテッドにも入っているので、会員の人は今すぐ読んでみるべし。

『俺たちはそれを奇跡と呼ぶのかもしれない』(2017年7月 光文社→光文社文庫)

 詳しくは文庫版の解説に書いているのでそちらに譲るが、『わたしたちの、小さな家』と並び、『プラットホームの彼女』以後の水沢作品の変化を如実に示す作品と言えるのではないかというのがわたしの観察。

『あの日、あの時、あの場所から』(2018年12月 キノブックス)

 1990年から2018年までの男女二人のすれ違いと恋を描いた恋愛小説……、なのだけど、本作はそれに収まらない佳さがある。本書は平成年間を一筆書きにした平成小説であるともいえる。わたしたちが平成の時代にすれ違ってきたもの、受け止めてきたけど忘れてしまったもの、ずっと咀嚼できずにいるものが、主人公たちの恋心と共鳴している。こうして書くと前期水沢的な要素が沢山含まれている気がしてならないのだが、未来志向の書きっぷりは、前期のそれとはちょっと雰囲気を異にしている気がしている。

『ミライヲウム』(2020年7月 小学館)

 水沢の2021年2月現在の最新作にして、現地点での水沢の代表作の一つ。
 ある特殊な能力を有した主人公が、それゆえに知ってしまった未来を回避するために奮闘する特殊設定ミステリ。そういう意味では、『俺たちはそれを奇跡と呼ぶのかもしれない』の正統進化作品といえるのかも。『俺たちは~』がお気に召した方は次に本作を読もう。
 

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