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『新歴史・時代小説家になろう』第32回知的好奇心を喚起するのは悪手かも?

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それは小説なのかい?

 たまに小説を読んでいると、「この説明必要かい?」と首をかしげたくなるような文章が差し挟まれていることがあります。具体的にどうこう、とはしづらいのですが、本筋に一切関係のない余剰極まりない文章というか、「いや、ここ、削っても問題ないっすよね」と言いたくなるようなうんちくというか。そしてそれが行き過ぎて、小説ではない何かを読まされている感覚に陥る時が。
 これ、なにも歴史時代小説だけではなく、ほかのジャンル小説でも起こりえます。現代小説なんかでもありますよね、特定の知識披露が延々なされ、結局物語が一切進まないそんな小説。いや、まあ、わたし自身そういう小説が嫌いってわけでもないんですけど(その分野における知識が手に入ったりしますしね)、でも、肩透かしを食らってしまいます。
 小説は情報の集積物であり、それらの集積の美しさや並べ方を賞する創作ジャンルの側面もあるので、うんちくや知識を読者側に伝えるべきではあるのですが、あまりにこれをやりすぎると、小説ではない何かを読まされているような気分になってしまうのもまた事実です。
 特に、歴史・時代小説の場合はこれが大敵なのです。
 テレビ番組で、「歴史バラエティ」といわれるもの、ありますよね。江戸期の架空の人物を主人公に江戸時代人の一日を追いつつ、当時の生活史を平易に紹介する、みたいなあれです。いや、これらの番組が面白くないとは言いませんし、むしろ面白く観ているのですけど、ここでいう「面白い」は、小説の持つ面白さとは別物なんじゃないかと思うのです。

知的好奇心と物語の快楽は別物

 「そうだったのか」という驚きや、これまでまるで知らなかったことを知ったことに対する快感、これは「知的好奇心」と呼ばれるものです。多くの人間はこの知的好奇心を有しており、本はこの快感を刺激するための装置として世に出されている面もあります。小説も、確かにこの知的好奇心を満たすためのツールとして機能している面もあります。
 が、小説が読者に与えるものは、決して知的好奇心だけではありません。
 小説を読む楽しみ。それは、スタート地点から物事の因縁が鎖となり主人公が引きずられあるゴールへ至る、その道程そのものです。主人公が折々に感じた思いや決断、ほかの登場人物たちとの争いや感情的なしこり、あるいはそこで描かれる事件の真相。これらがゴールという収束点に収まっていく過程。それこそが、物語というメディアの持つ楽しみ(の一つ)です。
 まずご理解いただきたいのは、小説を小説たらしむのは、物語の快楽を喚起させる仕組みづくりができているか、なのです。

別に知的好奇心を刺激してもいいのだけれど

 ここまで読まれた方の中には、読者の知的好奇心を満たすことで読者を得ようとするのは悪いことなの? とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
 確かに、悪いことではありません。歴史・時代小説の中には、知的好奇心を満たすような作りによって読者を獲得してきた小説も多々あります。おそらく他ジャンルでも、そうした小説はたくさんあることでしょう。
 現代でも、知的好奇心を刺激する小説はたくさんありますし、大人気作もたくさんあります。
 ですが、現代の小説シーンを見ていると、好奇心を満たすだけでは読者さんはついてこず、そうした作品ほど物語の快楽の喚起がうまいように思います。
 そりゃそうなんですよね。
 現代、知識を得る手段はたくさんあります。それこそインターネットでちょちょいと検索すれば、それなりに確度の高い情報にあたることができます。これを受け、最近の一般向け人文書はかなりマニアックな作りになっています。これは間違いなく、インターネット時代が生み出した圧力です。ただで転がっている知識以上のものを提示しないと本が売れないのですから。
 もちろん、テクニックとして小説内に知的好奇心を満たす仕組みづくりをしてもいいのですが、そのハードルはかなり高まっているといえましょう。それこそ、歴史・時代小説の場合は本職の歴史学者や民俗学者並みの知識量を問われてしまうのです。

物語の快楽を刺激するために

 今時、知的好奇心を満たす手段はたくさんあります。もちろん、小説という武器でもってその過当競争の場に殴り込みをかけるのも一つの手ではありますが、わたしはむしろ、小説だからこそできることを突き詰めた方がよいのではないかと考えるくちです(本稿をお読みの皆様ならば、なおのこと)。
 しかしながら、歴史・時代小説は「歴史的事実」や「当時の慣習」「舞台設定」といった部分が現代では忘れさられていたり、予備知識を与えておかないと理解ができない恐れが出てきます。
 そのために、どのようにそれらの知識を伝えていくか、なのですが……。
 今回、すでにずいぶん文量が長くなっています。というわけで、続きは次回に。

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