見出し画像

1/26発売『小説 西海屋騒動』(二見書房)はこんな話⑮本作、悪のにごこり、九兵衛

【PR】

 本作において、一番の悪役は誰か。
 かなり難しい質問なんじゃないかと思います。
 慶蔵? お蓮? 理吉? いや、どれもしっくりこない気がするのは、結局本作に出てくる三人は、なんとなく「悪であること」に最後は倦んでいるような気がするからです。
 わたし自身、本作を書くに当たり、徹底的に悪役として書いた人物はいません。各人が各人なりの弱さを抱え、その中で悪に身を染めていった人々でした。
 そんな中、最後まで悪を貫いたという意味で、個人的に一番印象に残っているのが九兵衛です。
 誰? そんな声が聞こえてきそうです。
 はい、慶蔵のお兄さんで、ほんのちょっとだけ登場しましたね。慶蔵を頼って江戸に押しかけてきて、なんと死に水を取らせるところまでやらせる人です。
 彼は悪党なのか? そんな声も聞こえてきそうですが、わたしはあえて「もちろん」と述べたい。
 なにせこの男、慶蔵、お蓮、理吉の関係をわずかな時の中で決定的に、しかも悪い方向に変えてしまう男です。そして、明らかにこの男はこの関係が崩れることを願ってこんな行動に出ています。そういう意味では、一番の悪党とすら言えるかもしれません。

 でも、わたしには久兵衛の鬱屈が理解できる気がします。
 慶蔵とその父は、母親の眼病を理由に江戸を出て、九兵衛自身は母親の看病に残されます。結局慶蔵も父親も仕事が見つからず、田舎に帰ってくる気配もない。母親に先立たれた九兵衛の気持ちは察するにあまりあります。原典においてもあまりこの後の詳細については語られていませんが、梅毒にかかっていることなどを考えると、碌な生き方をしていなかった様子が覗えます。それもまた、物悲しい気がしてなりません。
 そして、当時にやってきていた箱根で、江戸で成功した弟と再会する――。片や病で命幾ばくもなく、片や江戸で大盤振る舞いの生活をしている。どんな善人とて、暗い感情が湧いたとしても不思議ではありません。
 九兵衛という人物を眺めていると、「悪とは何だろう」と小首をかしげてしまいます。
 でも、本作を書き終えた今感じているのは――。
 きっと、悪の入り口はどこにでもあるのだなあということ。
 そして、一番怖いのは、悪に落ちたという自覚のないままにまがまがしい存在になってしまった人なのだろうなあということであったりします。
 慶蔵やお蓮、理吉はどこか自覚的に悪党をやっています。でも、九兵衛はちょっと意を異にしている気がします。
 それだけに、怖い。今、わたしはなんとなくそう感じています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?