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『新歴史・時代小説家になろう』第25回ああ、ずれている季節感

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 正月になると、「新春」って言葉が去来しますね。
 新春……。子供の頃、疑問で疑問でしょうがなかったんですよね。
 正月番組の飾りを見ると、梅の花が飾られていますよね。
 なぜ梅が? 梅って二月頃に咲くよね? と。
 はい、わりと常識に属する話だと思いますが、明治初期まで日本に住む人々の多くは月と太陽、その他天体の動きを参考にして作られた太陰太陽暦を使って生活していました。そして、明治期に太陽暦に切り替える際、季節感までは切り替えることができず、一ヶ月ちょっと季節感を前倒しすることになってしまいました。そのため、正月飾りに梅の花が残っているのです。
 でも、古い時代の「季節感」は、必ずしも旧暦と新暦のずれによって起こったものばかりではないよ、というのが今回の話です。

気候は固定的ではない

 人間はせいぜい百年くらいしか生を繋ぐことのできない生き物です。そのため、たった一人の目からは、地球規模のダイナミズムを観察することはできません。プレートテクトニクスなんていうとんでもないダイナミックな地表面の動きが存在することに気づくのに時間が掛かったのは、我々の観察できるタイムスパンが(地球上の動きに比して)あまりに短いからなのです。
 そして、わたしたちの目からは、自然は固定的な存在に見えます。昔から山々には木が茂り、その麓には田園風景が広がっているのが日本の自然の在り方なのだと誤解している方も多いのです(この辺りのことは、また別の機会にお話しすることになるかも知れません)。
 しかし、自然は決して固定的ではありません。
 それどころか、長いスパンで見れば、むしろ気候は(地球的規模で見れば)かなりダイナミックに変動している要素の一つです。
 皆さんは、「縄文海進」って聞いたことはありませんか?
 日本の時代区分でいう縄文時代に海抜が現在よりも五メートルほど高くなった現象を指していますが、これは、全世界での気温が1℃ほど上昇したことによって起こったものとされています。
 青森県に三内丸山遺跡という大遺跡があります。冬場は雪に埋まっている、それはそれで幻想的な光景の広がるところですが、「縄文時代人はこんな寒いところでも生活していたのだなあ」と考えるのは早計です。当時の青森は現代の静岡ほどの気候であったとされているので、雪が降ることはあまりなかったでしょう。

近世の気候も随分違うよ

 いや、でも、縄文海進なんて6000年以上前の話じゃないか、歴史小説、時代小説が扱う時代にはカンケーないでしょ? そう思われる向きもあるかも知れません。
 案外そうでもありません。
 江戸時代後期、日本は現代と比べるとかなり寒かったという話をすると驚かれるのではないでしょうか。
 小泉八雲の「雪おんな」という話があります。
 有名なお話ですから説明無用でしょう。木こりの若者と雪女の悲恋を描いた作品ですが、さて、ここで問題です。「雪おんな」の舞台はいったいどこでしょう?
 雪が降っていそうなイメージだから、東北? 北陸? そう思われた方も多いと思いますが、なんと正解は現在の東京都です。嘘じゃありません。小泉八雲の序文を読むと、「東京府西多摩郡調布村」に棲んでいた親子から聞いた話であると明言されています。ここは、現在でいう、東京都青梅市調布地域のことです。
 ちなみにわたしは青梅市生まれなので土地勘があるのですが、青梅は年に一回くらい雪が数センチ積もるくらいで、そんなに雪の多い地域ではありません。劇中描写のように、吹雪で道を見失って……なんてことは起こりえないと胸を張って言えます。
 でも、江戸時代は相当な豪雪地帯だったんですよ。
 なぜ?
 実は、14世紀半ば頃から19世紀半ば頃にかけて、地球上は小氷期という時代のただ中でした。現代と比べて気温が1℃程度低かったとされているのです。たった1℃と侮るなかれ、世界史に詳しい方だと、この時代に色々な大転回があったことをご存じでしょう。
 日本史でいえば、南北朝の動乱から幕末期までに当たる時代です。思えば日本史を紐解くと、やけに飢饉が多いですよね。これは、小氷期の影響によるものとされているのです。
 わたしが言いたいのは、歴史小説・時代小説における花形である戦国~江戸時代、幕末は、現代と比べて寒かったということなのです。
 そりゃ季節感もズレるというものです。

知らなくとも書けるけど

 極論すると、こんなことを知らずとも小説は書けます。
 ぶっちゃけた話をすると、そうです。
 しかし、小説を書く際に必要になるのは、登場人物に寄り添うことです。自分の創造した、あるいは過去の人物の人生に思いを致し、言葉で表現するという作業を行なうにあたり、プロファイルの材料が多い方がはかどるのは言うまでもないこと。
 当時の人たちは、遙かに寒い環境で生きていたのだなあと思いながらあれこれ想像していくと、小説の展開とか、いいシーンが思い浮かぶやも知れません。
 隠し味みたいなものだと思っていただけたら幸いです。

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