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[短編小説]ディストラクティブ・アトラクティエ②

前回からの続き・・・


オサダさんの朝は早い。

なんと朝五時には出勤して、前の日の「よる番」が残した引き継ぎ表を確認する。そして、店内の備品のチェックや、ゴミ出しをした後、お店の売上管理、アルバイトの労務管理、パソコンへの入力を通じた本部への連絡など、一手に引き受けている。

そして朝六時になると、パン屋となる。とても忙しい人なのである。

オサダさんは、朝五時に出勤しているものの、夕方近くまで事務所で働いていることも多いようだ。私のときのように採用の面接や、アルバイトの勤怠シフトまで行っているようなのだ。いったい、何人分の仕事をこなしているのだろう。

私にはとても無理な芸当であり、何も短い人生をパン屋の運営に捧げなくても、と思わないでもない。というか、はっきりそう思ってしまう。

「オサダ副店長は、スーパーウーマンだからなあ。オサダさんがやめたら、もうウチの店も終わりっしょ」

と、アルバイト仲間(「ごご番」)の、舞の海秀平(以下、舞)がいう。

舞(舞の海秀平)は、本物の「舞の海秀平」に似ているアルバイトの女の子である。「舞の海秀平」というのは決して悪口ではなく(舞の海秀平に謝りなさい)、外見が似ていることは本人も認めており、「私は夜の技のデパートだから」と、店内で放言する不始末を起こしている。

舞(舞の海秀平)は、アルバイト歴一年だが、ぜったいに偉くならないように、適度にミスを重ね、オサダ副店長からは「もう勤めてから一年になるのだから、後輩の手本になるようにもっと頑張りましょう」といつも言われており、その「学習しなさ」が彼女の戦略だとは気づいていないようだ。気がついたらどうなってしまうのだろう。

「いやー、オサダさんがいなくても意外といけるんじゃない?
他の店で、もっとスラムみたいな店、あるもん!イートインコーナーが、ジュリアーノ市長就任時のニューヨーク地下鉄みたいな汚れ方をして、一日中居座っているゴロツキの巣窟になっている店舗があるんだけど、そこそこの売上で回ってるよ」

同じく「ごご番」の、アルバイト歴二年のセバスチャンが、私と親しいアルバイトの二大巨頭。
セバスチャンはフィリピン人の両親を持つ日本育ちの女性で、東大に通うバイ・セクシャルである。
 彼女は、舞(舞の海秀平)とも、夜の技のデパートでショッピングを楽しんでいるということを、私は聞いた。

「でも、オサダ副店長は、過労死レベルで働いていると思う!」と私は言う。「働きすぎだと思う!」
「あんなふうには、私は、なりたくないなーって思う。そこそこでいいんだよ。頑張りすぎ」と舞(舞の海秀平)氏。
「日本人頭おかしい」とセバスチャン氏。

ところで、店長はどこへ行ってしまったのか。

聞くところによると、店長は昇進するためのステップとして、本部に出向して仕事をしているらしい。本部からテレビ会議など、指示を出しているというが、どう見ても、この店を回しているのはオサダ副店長だ。自分のキャリアアップのために部下を犠牲にするなんて、とってもひどいと思います。

本来は、店長が責任を持って、店舗運営をやるべきなのではないか。いやいや、もっと言うならば、人がいなくても回る仕組みを作るべきで、たまたま仕事ができて、責任感のあるオサダさんの働きに甘えるべきではない。
 
などと思う私は、自分がとても恥ずかしい。

オサダさんと比較して、仕事の能力の低い自分がとても恥ずかしい。だいたい、義憤にかられるだけなら、犬のペスにだってできるのである。犬のペスが何者なのかわからないが、要するにそこらの犬にだって言えることを、私は思っているということだ。

「仕組みを作るべきだ」。そう思うのであれば、
 思うより行動!
 だろ!?
 愛だろ!愛!
 などと、私の中で永瀬正敏が叫んでいる。
 あああ、もう死にたいなあ。 

私は、オサダさんを見ながら、ぼんやりと、モヤモヤする自分に対して、嫌気が差している。そんな毎日を過ごしながら、私は「あさ番」をこなし、昼過ぎには退勤し、アパートに戻り、そして、昼寝をする。

 4

私がこのアパートに住んでいるのは、ひとえに家賃の安さであり、それが私の現在の生活能力を証明している。また輪をかけて、私の住んでいる部屋がどうやら事故物件らしいということも、家賃の安さに上塗りをしている、と言う風なのであった。

私の部屋に住んでいた男性は、布団の上で眠っている間に生を終え、死後、一ヶ月ほど経ってから警察に発見されたとのことで、誠に結構な往生を遂げたという訳なのですけれども、私としては、同じ場所(部屋の中に布団を敷くとしたら、特定の場所しかなく、だいたいわかってしまう)に布団を敷いて眠るのは少々はばかられた。

死にたい私にも、言い分の一つや二つ、好みだってあるのだ。
ぜいたくものめ。

だから苦しまぎれにベッドを買って寝ることにしたのだが、狭い部屋にはベッドは幅を取る。だから寝るときだけ広げられるソファベッドを選んだものだから、やすもののソファベッドは寝るには柔らかすぎ、起きたときには腰が痛く、じゅうぶんな安眠ができないのであった。

だから早起きにはもってこいの部屋なのだ。
というのは、さすがに物は言いようが過ぎないか、と私は思うものである。

そういうわけで、私は毎朝このアパートから元気に出勤していると言うわけなのでありましたけれど、とはいえ、わたしはこのまま、この家に住み続けるのだろうか?この年齢で。この収入で。そして、人生を生きていくための理由も、技術も、希望もなく。

私はどうしてこんなに不器用なのか。永瀬正敏は今日も叫んでいる。愛だろ!愛!思うより行動!だろ!?当座のわたくしの行動は、パン屋でのアルバイトである。そして昼寝。労働と就寝。

(つづく)

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