同じことを繰り返す競技、でも飽きない
パリ・オリンピックが開幕しました。40年前の1984年ロサンゼルス、20年前の2004年アテネと、2度のオリンピックで表彰台に立ったのが、アーチェリーの山本博さん。「中年の星」といわれたアテネから、さらに20年たった61歳の今も、競技の世界で矢をうち続けています。中学の部活動から始まった50年間、一つのスポーツに向き合ってきた、ココロのストーリーをうかがいました。(文・松本行弘 写真・川津陽一)
こだわり、磨き、道具は体の一部に
「道具を使う競技だから、自分の体の一部っていう感覚になりますよね。直感的にいいなと思うものを手に入れて、磨きをかけていくんです」
日本体育大学3年で出場した1984年のロサンゼルス・オリンピックで、銅メダルをつかんだ時の弓が、そうだった。アーチェリー界で主流だった2大メーカーとは違う、国内の会社製の弓にこだわった。
「アーチェリーを始めた最初のころは新品の弓が買えず、このメーカーの中古を何度も手に入れて使っていました。多くの選手たちがいいと言う弓を、これで打ち負かしてやろう、っていう反骨精神が、僕にとってものすごいプラスアルファのやる気を作り出した。それでオリンピックの表彰台に上がり、世界記録も出すと、『あの弓もいいじゃん』ってアーチェリー界の意識をちょっと変えられたんだよね」
機能的な道具に感情加える
41歳で出場した2004年アテネ・オリンピックでは、遠くの的を見るための望遠鏡、スコープに息子の写真を貼っていた。愛犬の写真の時もあった。
「厳しい戦いの場面では、無機質なものを見ているよりも、情緒的なものを見た方が、心が落ち着くという想いがあるんですよ。道具って機能を追求しているから、そういう感情的なものとは縁遠いもんね。
あのスコープは1992年に撮影された写真に写っていて、今も使っているから、長い付き合いだなあ。何回も塗り直してオリジナルにしていくんです。自分で手を加えると、また愛着が増すんですよね」
相棒として愛情を注ぐ道具について、こうも言う。
「たった1本だけの勝負だったら、道具の選び方は変わってくる。でも、アーチェリーは1本だけじゃないから」
一発勝負ではないから
オリンピックの予選ラウンドなどで、アーチェリーは70m先の的に6本の矢をうって1エンド。12エンド、計72本の合計得点を競う。的の直径は122cmで、10点満点の中心円は12.2cm。すべて中心円に刺されば720点だ。風などの影響を受ける中、10点のうち方を覚え、それを繰り返すことを目指す。そういう競技を半世紀にわたって続けてきた。
「同じことを繰り返すことって、面白くないっていうか、単調だし、ふつうは飽きるんですよ。そんなことをやろうとしているんだけど、同じことってやっぱりできないんです。それが誤差として点数に出るんですよ。
同じうち方をしているのに違う場所に矢が行った、と考える人は飽きちゃうのかもしれない。僕は、10点と9点は別のことをやったと評価します。結果が違うから」
満点を“エラー”と捉える感覚
6回のうち、10点が1回で9点が5回だったとする。
「10点のパーフェクトなシューティングをこのまま練習して、それを増やしていけばいいと考えたりしますよね。僕は違うんです。9点が多いから、そのうち方をどうしようかという発想になる。その時点では、10点の方がヒューマンエラー。爽快だった1回の10点のうち方は我慢して、繰り返しができやすい方を大事にしなきゃいけないという感覚が、僕の中にはあるんです。
一発、すごくいい思いをしちゃった人が、その一発を求めちゃう気持ちは分からないでもないですけどね」
今年5月、インスタグラムに練習で6本の矢が10点に刺さった満点の的を載せた。「3回に1回ぐらい満点だとオリンピックに戻れるんだけどなぁ…」の言葉を添えて。
「ああいうのをアップするとみんなが喜んでくれるから。メダルを取っているころは1日練習していたら1、2回あるわけ。今はたぶん3、4ケ月に1回くらいじゃないかな。それほど自分の精度が落ちているってことですよ」
精度上げ、また緊迫の舞台へ
アテネ・オリンピックのメダリスト会見で「ロサンゼルス大会から20年。オリンピックのメダル獲得の間隔は最長では?」と聞かれて、「世界一あきらめの悪い男ですね」と笑い、「20年かけて金を目指します」と答えた。
20年を経た今、体のあちこちを手術し、加齢の影響もある。満身創痍。世界選手権は2009年を最後に遠ざかっている。それでも満点が出る時がある。この頻度が上がってきたら…と思えば、やめる理由がない。
「現実的に、今のコンディションは、60点満点なんていいから、57とか56が安定して出る兆しがあったらうれしいという感じ。ゴルフで言えば、アルバトロスだとかイーグルとかはいいから、バーディーがずっと出てくれたらいいなという感じです。
練習はちっともつらくないですね。負荷が軽いから。下手になるって気楽ですね。このレベルで戦っていると、相手も僕もミスするから、緊迫しないんですよ。
自分を追い詰める機会って、ここのところないから、また緊迫したステージに行けるように、自分の精度を上げていきたい。健康であれば、人生はいくつになっても楽しめるんだな。生涯を通じて選手として戦って、最後、自分の中で究極だったなと思えればいいかな」
競技生活は続いている。
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