原点は観音法要の思い出と『准胝さん』
愛知県岡崎市の東部郊外にある浄土宗西山深草派の胎蔵寺。ここは、全国規模のムーブメント「100万人のキャンドルナイト」に賛同して会場となり、約2500人が集まったことがある。企画した野村宗臣住職は、中近東発祥といわれる水タバコを楽しめるバーと、深夜客をターゲットにしたラーメン店を、市街地で経営している。なかなかの型破り。チャレンジの背景をうかがうと、お寺をどう守り続けていくべきかと試行錯誤する姿と、「准胝(じゅんてい)さん」への想いがあった。
長者の娘の悲しい言い伝え
――お寺のある岡崎市保母町の地名は、こちらの山号の保母山から来ているそうですね。
「そうです。お寺の言い伝えでは、約1000年前、三河守になった大江定基という方が、長者の娘の力寿を側室に迎え、子どもを宿したのですが、産むことができずに亡くなってしまいました。悲しみに打ちひしがれた定基は、力寿と過ごした別邸の小高い山に埋葬し、僧侶となって残りの人生を供養に捧げました。その山のふもとに建てたお堂が胎蔵寺だと言われています。
『母を保つ』という文字の山号は、そうした縁起とおそらく関係があるのではないかと思いますし、寺の名前には胎児の『胎』が入っています。仏教で、大日如来が中心にいらっしゃる胎蔵界という世界があります。寺の名前の由来については分かりませんが、その胎蔵界と、寺の縁起とが、掛け言葉になっているんじゃないかなあと、思ったりもしています。
秘仏の『准胝さん』は准胝仏母観世音菩薩といって、『母』の文字が入っています。母の漢字が入る観音さまは准胝さんだけで、密教信仰に登場する観音様です。不動明王様や蔵王権現様、弘法大師様もいらっしゃいます。元々、胎蔵寺は真言宗のお寺で、後に保母松平家の菩提寺となり浄土宗に改宗したので、密教系の仏様が多いです。浄土宗で准胝観世音様がまつられているお寺は珍しいようです。安産や子宝の祈祷や水子の供養をしてほしいと、わざわざ胎蔵寺にお参りにみえる方もいらっしゃいます」
祭りのようだった観音法要
――ご住職はこちらのお寺が実家ですか。
「父が先代の住職で、僕は長男です。毎月18日に観音法要があって、子どもだった僕はお祭りと思っていました。みなさんがお寺に集まってくれて、お参りをして、お酒を飲んで、ご飯を食べて、ニコニコと帰っていかれるのが、すごく楽しみでした。
保母町は繊維業が盛んで、戦後の『ガチャマン景気』のころは、お寺もかなり盛り上げてもらっていたようです。バスで観音さん詣りに来ていたと聞いたこともあります。先々代の祖父が胎蔵寺に入山したころは、檀家さんは10軒程度でしたが、准胝観音を広く広めようと観音祈祷に力を入れ、ピーク時は300名ほどが参拝に来るようになったそうです。
現在では、父の病気もあって毎月の観音祈祷はやめてしまい、観音法要は1月18日の年1回開くだけになっています」
――郊外で田畑や山が多い保母町ですが、かつては町もお寺ももっとにぎやかだったんですね。
「自分の住んでいる家に家族以外の人がいるのが当たり前の生活でしたので、いろんな人とお付き合いすることに抵抗がなくなりました。この体験が今につながっているのかもしれません。
学生時代にはよく、友だちを集めてバーベキューやキャンプをしていましたし、人が集まる場をつくるのが楽しい。そういうことを学びたいと思っていたら、龍谷大学の社会学科コミュニティマネジメント学科で街おこしや地域リーダー育成を勉強できるというので、進学しました。仏教系(浄土真宗)の大学だと知ったのは興味を持った後から。胎蔵寺は浄土宗の西山深草派なので本山の誓願寺に通って修行して資格を取りました」
バーとラーメン店を経営
――卒業されてからサラリーマンになったんですよね。
「トヨタ生協に4年間勤めました。お寺だけで生活していくのは難しいので、父も平日は給食センターで働いて、週末にお坊さんをやっていました。休みはなくて、どこかへ遊びに連れて行ってもらった記憶はほぼないです。しかも、お葬式やお参りが急に入ったら休まなければいけないので、仕事も大変だったと思います、会社側も雇いにくいじゃないですか。なので、自分がやるのなら、時間が自由になる仕事で、お寺に集中できないと嫌だと思っていました。
大学を出てすぐお寺に入っても仕事がなく、生活ができません。とりあえず就職して、もし僕ができそうなことが見つかればいいなと思ったんです。トヨタ生協はスーパーや社員食堂、冠婚葬祭などいろんなことをしているので、そこでいろいろ経験させてもらえるのではないかという気持ちもありました」
――そこで見つけたんですね。
「配属されたのは社員食堂で、そこで調理師免許も取らせてもらいました。学生時代に飲食店でアルバイトをしていて、自宅で料理をするのも好きだったので、食堂かカフェをしながらお寺ができたらいいなあと見えてきた。
26歳の4月に退職して、半年後、岡崎市内で10坪ほどのバーを始めました。たまたま借りられたのがバーの居抜きで、改装費もなかったのが理由です。実はそれまでバーに行ってお酒を飲んだことがなくて、物件の前のオーナーさんがそれを知って心配して、半年間、シェーカーの振り方やバースプーンの使い方などを教えてくれました。最後にジントニックをつくって、合格をもらいました。
飲食店をやっている先輩から、他でやっていないことをした方がいいとアドバイスをもらって、サラリーマン時代に知って趣味にしていた水タバコをテーマにした、『Bar煙‐en‐』を開業しました」
――ラーメンのお店もやっていらっしゃいますね。
「水タバコはアップルやピーチなどの甘い香りをくゆらせて、アロマテラピーやお香のような楽しみ方をします。香りを邪魔しちゃうので、食べものを提供しにくい。でも、営業しているうちに食べもののリクエストが増えてきたので、あまり使っていなかった自宅の軽トラを自分で改造して、バーの駐車場で2018年に屋台ラーメンを始めました。
ごひいきにしてくれるお客さんも増えていたのですが、バーが移転しなければいけなくなって駐車場がなくなり、9か月で閉めました。
移転先で『OMEN』として改めてバーを始めると、お客さんからラーメンが食べたいという声が出始めて、バーと同じビルでテナントを募集していました。そこで屋台ラーメンを実店舗で復活させたいとクラウドファンディングで資金集めをしたところ、200万円を超えるご支援をいただき、2020年にオープンできたのが『拉麺ししまる』です」
起業でお寺の時間を確保
――想定通りに起業できているようですね。
「どちらのお店も従業員に任せられるようになって、時間は自由に使えるようになっています。
会社を立ち上げてお店を経営していると、お坊さんが商売するのはいかがなものかと言う方が、少なからずいらっしゃいます。バーを始めたころは、水タバコがまだ珍しかったので、イメージ的に危険なドラッグなどと同類にされて、父にも反対されました。僕はちゃんとタバコの税金も払って、違法ではない、安心で安全なものを文化として提供していたつもりですが。
起業したのは、お寺に使える自由な時間をつくるためですし、大学で学んだ街おこしの実践でもあります。街にとって夜が元気なのは大事なキーワードだと思うんですよ。地元の住民として、若者が能動的に青春の思い出や文化につなげられる場の選択肢を増やしたいと思っています。
かつて胎蔵寺では毎月、観音法要を開いて、父は『現世利益』を祈祷していたんですね。亡くなって極楽へ行って幸せになるのもありますが、今この世界で幸せになるのもある。観音法要で集まって、楽しんで帰って、その街がお寺を中心に盛り上がっていくのが現世利益の姿。バーやラーメン店は、子どものころの観音法要に重なる感覚があって、おもしろいなあと思ってやっています」
――2012年から6年間、「100万人のキャンドルナイトおかざき実行委員会」をつくって企画運営をされたんですね。
「神戸で始まったエネルギー問題を考えましょうという取り組みで、そのテーマに賛同して始めました。東日本大震災で原発の事故があった福島で作ったろうそくを預かって、灯して、募金して、福島に送るという交流をしたり、地元から出店者を募ってマルシェをしたり、音楽のライブをやったりして、県外や市外でも噂になって6回目は約2500人が境内に集まりました」
――中止になったのはコロナ禍の影響ですか。
「半年くらいかけてボランティアスタッフと一緒に準備して、僕は一人で協賛金を集めて、入場無料で開催して、収支はほぼトントンでした。6回もやってノウハウもあるし、楽しいからイケイケでやっていましたが、この形ではイベントとして継続が難しい。それと、胎蔵寺は場所を提供して社会貢献すると同時に、敷居を下げて大勢の方にお寺へ来てもらえましたが、キャンドルナイトで来た方の何人がお寺の行事や准胝さんのお参りに来てくれたかと考えるとほぼゼロでしょう。これではいけないと思い、一旦やめて区切りとさせてもらいました」
もっと仏教を話せる人間に
――今後、新たな取り組みを考えていますか。
「伊勢神宮ってお伊勢参りがあるからおかげ横丁に行きますよね。参拝して縁日を楽しむ。キャンドルナイトは縁日だけに来ちゃって、ご本尊がないがしろにされてしまったんです。
じゃあどうしたらいいかって考えると、やっぱり僕自身がもっと仏教を話せる人間にならないといけない。これまで自分なりの仏教観で一生懸命やってきましたが、フルタイムで仏教に向き合っている人には、悔しいけどかなわない。だから、もっとお寺の仕事に集中していきたい。いま、宗派がやっている勉強会に通っています。
自分磨きです。次の世代に向けて、お寺に集中できる仕組みをつくらなければいけないと思っています」
永代供養のついた安心のお墓「はなえみ墓園」。
厳かな本堂でのお葬式を提案する「お寺でおみおくり」。
不安が少なく、心のこもった、供養の形を、矢田石材店とともに考える、お寺のご住職のインタビューをお届けします。
毎月の第2、第4月曜日に更新する予定です。
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