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対談「どーげんをプロデュースvol.2」⑦

2022年7月28日(木)にフルーティストの木ノ脇道元さんのコンサート「どーげんをプロデュースvol.2」が開催されます。昨年から木ノ脇さんが始めた新しいコンサート・シリーズで、彼が依頼したプロデューサーがコンサートのプログラムを決定し、木ノ脇さんの演奏の新しい魅力を引き出す企画です。私・稲森安太己がプロデュースする今回は現在ドイツのライプツィヒで活動する若手日本人作曲家・山下真実に新曲を委嘱しました。対談記事最終回の今回、山下さんと木ノ脇さん、私の三人対談をお送りします。山下さんに作品についてたくさん語っていただきました。

対談・パート⑦

山下真実さんをお迎えして

山下、木ノ脇、稲森:よろしくお願いします。

木ノ脇:まず、これは山下さんの新曲へのインタビューですので、山下さんから一言お願いします。

山下:はい。今回嗅覚をテーマに香水を選んだんですけど、あの実は最初の構想が始まったのは結構前で、2016年とか、学部2年生の時…。

木ノ脇、稲森:え!?

山下:そうなんです。グラフィティとか、絵画系のもの題材とした曲を書く前から香水の音楽化みたいなのを漠然と思っていて。それで学部2年生の藝祭(東京藝術大学の学園祭)で1曲試作を。その時は木管五重奏プラス打楽器っていう編成だったんですけど。他に大学院1年の時にもう1個試作を書いて、その時は結構大きなアンサンブルで、弦楽四重奏、ピアノ、ハープ、木管五重奏。そのあと、私はいまドイツのライプツィヒの音大にいるんですけど、この作品と同時進行でコーラスのために香水をテーマに書いたんです。試作を3曲書いたんですけど、なかなか納得できなくて、絵画なんかがテーマの時よりも、香水って商業的になりかねないって思ってしまって。
でも、シャネルの香水は結構歴史もあって、エルネスト・ポーという伝説的な調香師が調香したものです。シャネル自身もストラヴィンスキーと関係があったりしてちょっと音楽に関わりがあるので。もう香水界のクラシックみたいになってるので、一番モチーフにしやすいかなと思ったんですね。香水ってトップノート、ミドルノート、ラストノートっていう風に香りが分かれていて、最初の匂いが大体5分から10分くらいで、ミドルノートが大体2、3時間、ラストノートが半日から一日くらい続く香りです。揮発時間っていうんですけど、それは割と音楽の形式に当てはめられるかなって漠然と思って。
あと、エルメスの調香師ジャン=クロード・エレナが書いた『香水』っていう本があるんですけど、香水の世界って音楽の言葉を使うんですね。二つ以上の香りを組み合わせることをアコード「和音」って言ったり、香料のことノートっていうんです。調香師のことをコンポーザーって言ったりもするので、やっぱり音楽と近しい感じがしました。でもその、フォーマライジング(形式を作る)のことを考えた時に、最初の試作3つはトップノート、ミドルノート、ラストノートを音楽の時間に当てはめて作っていたんですけど、なんかどうしてもしっくりこなくて。なんか単純すぎるというか、「それは誰でも思いつくんじゃないか」って思ってしまって。昨年の10月くらいにいろんな事情が重なって、まだ留学ができないってなった時に、半年くらい時間が空いてしまい、百貨店で香水を売るバイトを始めたんです。

木ノ脇、稲森:(笑)

稲森:どちらのメーカーか聞いてもいいですか?

山下:あ、メゾンとファッション全部です。

稲森:いろんな香水を取り扱ってる香水売り場。

山下:グッチとかティファニーもあれば、ペンハリガンもあり。

稲森:じゃあとりあえず全部、香りを試したんですね。

山下:そうなんですよ。もう片っ端から。時間を見つけて。ボトルの裏に香料が書いてあるんで、香料を見て嗅ぎまくって。半年くらいそれをずっとやって。色んな百貨店を回って、そのうちの一つで、お客さんに実際に接客して売るところまでやらせてもらったんです。香水っていうものがまだ漠然としかわからなかった時に、お客さんと接して、パーソナルって言ったらいいんですかね、「あ、この人こういう香りが似合いそうだな」とか思ってきました。香水って人格みたいに見えてきて。
シャネルの5番の香水の一番大きな特徴が、ミドルノートに使われている香料がローズ、イランイラン、ジャスミン、アイリス、スズランの香りなんですけど。そのスズランとかアイリスってそれまで良家の子女にしか使われない香りで、ジャスミンとかイランイランは高級娼婦が使っていた香りなんです。それがシャネルの5番で初めて一緒に使われて、そういう意味でもセンセーショナルな商品と言われてます。二面性みたいなものが。純粋無垢なものと官能的な香りが一つの中に同居しているという。
それで今回いただいたお話の中でも二重奏っていうところがマッチしそうだなと思って。これはいけるんじゃないかなと思って。パーソナルだってことがまずあったんですけど、音楽のフォームを考えているとき、一番大変だったんです。今までどおり数学的なものに当てはめてフォームを作っていたんですけど、一回もうそれを全部捨ててしまって。香料は基本、花なので、花の構造みたいなことを調べ始めて、それでもやっぱりフィボナッチ数列みたいなことに行き着くんですけど。ああいう螺旋構造みたいな時間構造作れないかなっていうふうに考えて。
たまたまその時に、いま私ファビアン・レヴィに師事しているんですけど、先生は私がいま困っていることを見抜く先生で、それでこれ読んで渡された論文が、アドルノでした。

稲森:ファビアンはアドルノ・フェチですからね。

山下:(笑)あ、やっぱりそうなんですね。それを読んで、色々なことが重なって、今まであまり書いたことのないようなフォームになった気がします。

木ノ脇:じゃあ二重性っていう構想自体は今回以前からあったってことですか?

山下:二重性…人物の二面性みたいなことですよね?それは今回が初めてです。今まで見つからなくて、今回初めて入れました…。

木ノ脇:構想自体は持っていたということ?

山下:はい、そうです。

木ノ脇:今回二重奏ということで、それは曲の二重性みたいなことにも反映されていますか?

山下:されています。二つの楽器で一個の音響を作るように書いていて、でもたまに片方が前面に出て、もう片方が影になったりするんですけど、どっちがどっちか分からないように書いていて。どっちが前ということでもなく、どっちが主体、引導するということもなくっていうふうに作りました。

木ノ脇:香水の話がきっかけになっていると思うんですが、それはどう思いますか?徹頭徹尾、香水のことなのか、それとも別の何かに昇華されたっていうふうに思われますか?

山下:最初の方は香水っていうものにずっと焦点を当てていたんですね。学部の時の試作の段階では。でも最近、主観と客観みたいなことを考えるようになって。ずっと本当に客観的な音楽ばっかり書いていて。勝手な思い込みなんですけど、現代音楽って主観を当てはめてはいけない、みたいな。

稲森:え、そんなこと可能ですか?

山下:(笑)絶対無理だと思います。

稲森:客観的っていうのは、ある面から見た時に、それに対する客観的なアプローチを試みたっていう自分の主観から発言しているっていう話でしょ?

山下:あぁ、そうですね!

稲森:作曲家が自作について客観的なんてだいぶ「ない話」だと思いますよ(笑)

山下:本当ですよね。

稲森:自分の作曲を客観的に観察しているような視点が別視点としてあるというような話としては理解できます。昔から山下さんの作品も知っていますし。その視点が真に客観的かというのはまた別の話。

山下:書いてみて、ここまで書き進めていくとどうしても「言いたいこと」も出てくるし。何が音楽化できるかみたいな分類みたいなことを完成直前までしていて。たとえば物理現象だったり、視覚的なものだったり、動きだったり、自然現象は、(音楽化)できるんですけど、想い出とか、イデオロギーとか、物語生みたいなことは音楽化できない。だけど、どっちかというと作曲家が一番したいことはそこなんじゃないかと思って。モチーフにその何かを預けるというふうに今回はしました。自分の言いたいことをモチーフに預けるみたいな。

木ノ脇:『5番の香水』というタイトルはじゃあどちらかというと表面的なきっかけとしてあるというような感じですね。これね、実は偶然プログラムの5番目に来てるんですよ。(曲順は山下さんの曲のタイトルが提出される前に概ね決まっていて、山下さんの曲は当初から5番目。)

山下:あ、すごい!運命的!

木ノ脇:偶然なんですけどね(笑)

稲森:曲の印象なんですけど、フォームがとても自発的ですね。抽象的な言い方なんですけど、この音がどう動きたいのか、音と一緒に考えているような感じがあって。また、二つの楽器が二つの楽器としてあるけど、一つの楽器のようであれという意図が、すごくよく出てくる。その書法がフォームの自発性と相まって、これは面白い曲だと思いました。お願いしてよかったです。今ライプツィヒにいらっしゃるんですね。知らなかったです。ファビアン・レヴィ、良い先生ですよね。(稲森はレヴィがデトモルト音楽大学の教授だった頃に講演に呼んでいただいたりした経緯がある。)

山下:これは先生のアドバイスでもあったんですけど、最初二重奏を書くときに二つの楽器の曲として書いていたんですけど、なんかちょっと乖離している、すごい分かれているように聞こえるねと言われて。自分でもそう感じていて。最初出だしはフルート一本で始まる予定だったんですけど、たとえばシャリーノのオーケストラ曲だったら、全合奏でやっているのに一個の楽器がやっているように聴かせているよ、と言われて。一回全部一本の線にしてしまって、そこからオーケストレーションするみたいな書き方にしました。

稲森:そんな楽譜に見えます、これ。一声をオーケストレーションしたのが分かる箇所も多いです。レヴィ先生がおっしゃっていたシャリーノの例はとても納得いくもので、彼のオーケストラ曲はすごく声部が多い箇所でも1層もしくは2層くらいで整理して書いてある例がとても多いんですよね。

木ノ脇:あの、ピアノの曲でクラスター(音塊)ばかりで演奏する曲あるでしょ、シャリーノ。あれも多声音楽っていうよりは一つのサウンドが線で繋がっていくっていうことなんでしょうね。

稲森:最初この楽譜をいただいたとき、一つの音に固執しているのかと思って読み始めて、ちょっとシェルシの音楽を思い浮かべました。でも読んでいくうちに違うなと思って、一個の音には別に固執していなくて、一個のジェスチャーに注目していると見ました。で、香水の話を聞いてしっくり来たというか。僕は昔、アメリカに住んでいる叔父から、カルヴァン・クラインのかなり強い香りのパルファンをクリスマスにいただいたことがあるんです。日本で香水を使う人って「オーデコロン」を使う人が多いじゃないですか。だけど初めてもちの良い「パルファン」をいただいて、匂いが強すぎて、香り自体は良いんだけど分量が分からなくて、いろんなところで臭がられたことがあるんですよ。

山下:(笑)

稲森:だからこの、音型とかジェスチャーの持続展開なんかが面白くて。「響き」っていうより、「におい」って感じがするなと思いました。

山下:本当ですか?嬉しいです。

稲森:匂いの余韻。匂いが鼻の中にググッと入ってきたり、鼻先をくすぐったりっていう。

木ノ脇:女性的な感覚でもありますね、それって。

山下:そうかもしれない。

木ノ脇:サーリアホとかみたいな。有機的な感じ…あるじゃないですか。

山下:最初の音型なんですが、「5番の香水」はフラワー系の香水なんですよ。だからやっぱり花が舞っているイメージが単純にあります。

稲森:じゃあ、音型は花弁でもあるわけですね。

山下:花弁でもあります。ドイツに最初に行って、タンポポがデカいことにすごい驚いて。綿毛が4月、5月にすごい飛ぶじゃないですか!びっくりして、雪みたいに舞っていて。それを見て思い付いた音型です。

木ノ脇:へぇ!綿毛って書いておこうかな。

山下:ちなみに私、香水オタクになってしまって。

稲森:そんなに調べたらそうなるよね(笑)

山下:推しの調香師ができるくらいに。

木ノ脇:推しの調香師(笑)

山下:あの、イギリス系のメゾンとかは、日本で使いやすいです。

稲森:へえ!僕、長年ダンヒルの使ってました。

山下:そうなんですか!?

稲森:イギリス系が障らなくて良いなと思って使ってた。

山下:日本人に一番合う気がします、イギリス系。

稲森:元から香水好きだったんですか?

山下:元から好きでした。高校生の頃はミニボトルとか集めてた。

稲森:女子高生ターゲットのミニボトルに特化した香水屋さんとかありましたよね!

山下:あれはもう完全に香りじゃなくて、ボトル!かわいいボトルです。

木ノ脇:じゃあ結構昔からなんですね。歴史があるんですね。

稲森:今回「香水」に取り組もうって思ってもらえる企画があって良かったです。

山下:いろんな編成で書いてきて、一番しっくりきました。やっと世に出ました。

(対談は今回で終わりです)

長年温めてきたアイディアを発表する機会を今回の「どーげんをプロデュースvol.2」に定めていただき、ありがたいことです。すでにリハーサルは開始しており、曲を聴きました。香り立つ美しい音楽です。7月28日(木)19:00から東京コンサーツラボです。演奏会へのお越しを心よりお待ちしております♪

(リハーサルの様子。マーク・バーデン作品のリハーサル。)


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