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暗い部屋で私はお腹をさすられ続けています

『ねぇ、お腹さすって?』
その男の手は提案に従い私の背中側から円を描くように一定の動きをし始めた。次第に熱を帯び高揚をおぼえたがそれよりも安心感が身を包んだ。続けているとどちらの手か、何の為なのか分からなくなってきた。

別の提案も浮かんだが、遠くの夕焼けから僅かに聞こえるカラスの声が瞼を閉じさせた。加湿器の蒸気の音と布を擦るような感触だけがあった。

『……晩御飯、どうする?』

間違えてはいけない。目的を履き違えては。男の手は服の内部に滑り込もうとしたが制止した。私は妙な、枠としての場所……部屋、地域、活動を行う点在するそれぞれ――の感覚が薄れていくような、炬燵の中、ミカンの皮に爪を入れたあの時の……様々な。
浮かんでは消え――浮かんではまた薄められ、この手すら自or他なのか、意志があるのか、機械的なのか。

音は確かに取り囲むように平等に耳に届き、遠方の飛行機の空を裂く轟音も、野良犬の声も、救急車、近所の子……全て。

晩御飯だって、色々あるが溶けるように混ざり硬いコンクリートの壁にとりどりのカラーボールを投げつけ混色され自己は――浸っていると体温としての手は下方へ落ちた。

加湿器の【水】が尽き電子音が部屋に響いてもふたりともただ目を閉じ存在を潤す為に行為を続けた。結局は逃れられない人間の性に落胆と高まりと明日とあの日の約束も消し忘れたTVも。

生きていたかった。それを確認できるのが液体の分泌だけだとしても生きていたい。この夕日が沈みきって何もかもが覆われても真っ暗な部屋の枕の上で微笑み合っても、どこか『後ろの私』が冷笑し熱がひく。

その恐れを忘れさせてくれる存在のみを求め、今までと――そして今日に至った。私は生きている。

ほんの一瞬、カーテン越しの月明かりを視界に、そして目を閉じた。

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