おい! 涙ふけよゃ!【短編】
変ですよね、私。マッチングアプリで知り合った女の子(多分)の家に呼び出され、こうして来ちゃうんだから。最大限に客観視すると結論としては人に飢えていたのです。さみしいんです。
雨上がりのマンホールの冷たさ、人の靴のつま先が跳ね上げる水しぶき、濡れたアスファルトの朧げな光が放つ道に消えるカモの親子。
虹なんてないよ。都合は私に味方しない。いつもそっぽを向いて、私も『いーだ』って仕返ししてるからおあいこだもん。勝手だけど、さっき買ったメロンパンをふたりで一緒にたべるんだ。あったかい紅茶、でるといいなぁ。
きったねぇアパートでしたそこは。言ったもん思わず。『きたねぇ!』って。まず何コレ? バケツ? カビの侵食が笑えるほどに……あと雑巾捨てろや!
何個ホウキあんだよ! あと掃く部分を下にすんなや! いっこいっこ大事に使え!
階段の全部の段に泥落とすヤツ置くな! 念入りすぎだろ変なところ!
サボテンがドアの下でお辞儀してる……ここが彼女(多分)の、203号室。
ズズッーー!
インターホンのタイプが古すぎる。よって不合格と断定し踵を45度返したかったが、メロンパンを外のベンチでたべるのは抵抗があったのでお邪魔しまーす。
「あ、あの! 連絡したヒマチコです」
「んおっしゃー、上がってー」
放埒を体現したような声でした。ドアの向こうは、なんというか……
「普通すぎ! 何コレ!?」
「そ、そりゃどう――」「なんかあれよ! あ〜? ドクロとか蝋燭とかさぁ! 蝋燭で道作れよ今スグ!」
「いや、その……コレ……とりあえず……」
【BFF✨】と印刷されたバッジを渡してきた。
「はぁ?」
「友達、ほしくて……その、作って……」
私は一瞬で想像を巡らせた。私たちが初めて連絡したのは3日前。今日の約束をしたのがおととい。その僅かな期間で、私の為に……?
「い、いらないよね! こんな変なバッジ……」
彼女は慌ててカワイくて小さな紙袋にバッジを押し込んだ。無様に変形したその袋を見て、どうしても涙が抑えられなかった。
「私……ごめ……」
「おい! 涙ふけよゃ!」
「……」
「……」
「……んっ」
「メロンパン……?」
「一緒に食べたくて。甘いもの、好きだってメッセージで」
「わたしのために……?」
「何? 幽霊と同居でもしてんの?」
私たちはどうやらお互い、この日のために色々準備をしてたみたい。下手だよね、どっちも。
不器用で、痛々しくて、残念な人生だったけど、彼女の手はあたたかかった。ずっと離したくなかった。
最後まで虹は見られなかったけど……けどね?
カーテンの隙間から差し込む光で、キラキラってバッジが輝いてたんだ。
「……おやすみ」
「……うん……おや――」
――
――――
――――――✨
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?