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第37回:成長戦略を踏まえて、事業会社ができること ‐製薬企業のケーススタディー

1.画期的な薬が日本で手に入らない未来が来ている

日本企業が力を失ったといわれて、長い年月が経ちましたが、実は製薬分野は、日本企業が世界の競合となんとか渡り合えている分野です。

2019年の時点では、製薬企業のトップ30に日本企業は4社ランクインしています。日本企業は外資に比べると国内市場を重視しますから、日本人が画期的な医薬品を入手しやすい状況があるともいえます。

また、市場規模で見ても日本は世界第3位と魅力的な市場です。市場規模が大きいということは、外資も含めて製薬企業が日本に優先して薬を売ってくれる状況があるといえます。
参考:医薬品産業ビジョン2021資料編

製薬企業にとって魅力的な市場であり、国民にとってもよい薬がいち早く手に入る場所、それが日本だったわけですが、最近は徐々にその状況が変化しています。

診療報酬(医療の値段を決める点数表だと思ってください)を見てみると、1990年から1996年までは3~5%プラスの改定率でしたが、ここ数年は1%以下の小幅のプラス改定率に収まっています。

診療報酬には、医師の人件費や技術料などにあたる「本体」部分と、薬の価格や医療機器の材料費にあたる「薬価」部分がありますが、薬価部分だけを見ると、1989年にプラス改定されて以降、マイナス改定が続いています。

つまり、既存の医薬品の値段の切り下げが恒常的に続いている状況です。それでも薬剤使用量の増加や新規医薬品の収載により、2015年までは薬剤費の総額は伸びていました。

ところが、最近では日本全体の薬剤費の総額も前年度比でマイナスになる状況も珍しくなくなっています。

世界的には医薬品の販売総額は順調に伸びているので、日本の市場自体が縮んでいる構図です。つまり日本は、製薬企業にとって魅力的な国ではなくなってきているのです。

(参考:財務省資料(P57以降が 薬価についての資料です)

薬価が抑えられる、ということは医薬品の値段が安くなるということです。医薬品が安くなれば、安い医薬品が手に入るから、一般の人(患者)にはプラス、という考え方もあるかもしれませんが、少し長い目で見ると、実はそういうわけでもありません。

医薬品を日本で導入するには、それなりの投資が必要です。医薬品自体の研究のための費用に加えて、日本人を対象にした治験をしたり、日本に営業拠点を置いたりして、外資企業が日本政府に医薬品を日本で流通させてもよいか確認する承認申請というプロセスがあるからです。

企業としては、こうした投資を販売後の売り上げによって回収しないといけないわけですが、画期的な薬が発明されたとしても、企業が、「日本で医薬品を販売するメリットがない」と判断した場合は承認申請をしないということが起きるわけです。

コロナ禍でのワクチンも、海外と比べて日本での使用がなかなか始まらず、やきもきした方も多いのではないでしょうか。日本市場の魅力が落ちれば、外国では手に入る薬が日本では手に入らない、ということが頻繁に起こることになります。

最先端の医薬品を日本人が入手できない未来が迫ってきているのです。

2.よい薬を日本人に届けるために製薬企業ができることとは

製薬企業の方の中には、日本で良い薬を開発し、いち早く国民に届けたい、そのための政策的なバックアップが欲しいと思っている方も多いのではないかと思います。

残念ながら、保険財政が厳しい中、薬価改定で既存の薬の価格を下げる流れは変わりません。

そんな中で、製薬企業の方ができることは、良い薬を開発するための土壌を整備し、画期的な薬については正当にその価値を評価するような政策を日本政府が実現するように働きかけることです。よい薬が日本に不足なく流通することは、日本政府にとっても望ましいことですから、製薬企業の方としては、胸を張ってそのような政策の後押しが必要であることを主張していくことが必要です。

3.製薬企業の立場から骨太の方針・成長戦略を分析する

では、今この瞬間から製薬企業ができることは何なのでしょうか。それは、6月7日に公表された骨太の方針と成長戦略(※)を理解し、その後のアクションにつなげていくことです。

※それぞれ「経済財政運営と改革の基本方針」「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」が正式名称ですが、ここでは骨太の方針と成長戦略と呼びます。

骨太の方針や成長戦略とは何か、クイックに説明します。

骨太の方針と成長戦略とは日本政府が今後実行していく政策のリストを示したものです。閣僚(各省の大臣など)が全員でその内容に合意し、政府としての意思表示である閣議決定を経て公表されます。日本最高レベルの政府文書といってよいでしょう。

各省庁のトップである大臣が納得して示した方針なので、各省庁の官僚はその政策を実現しようと努力します。また、昨今の厳しい経済情勢の中、新しい予算を確保するハードルは上がってきているのですが、この成長戦略などに方針が示されている場合には、政府全体としてその政策を進めることが決まっているわけですから、その予算の獲得に有利に働くこともあります。

骨太の方針や成長戦略などに政策の方針が書き込まれることで、ビジネスのルール・環境ががらりと変わることもあり得るわけです、いかにその存在が重要かご理解いただけたでしょうか。

今回は骨太の方針や成長戦略の医薬品部分に特化して、その記載ぶりを分析します。そして、6月以降、製薬企業の方々がどのようなアクションを起こせばいいかについての見立てもお示ししていきます 。

(執筆:西川貴清 監修:千正康裕)

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