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青山泰の裁判リポート 第9回 元公務員の67歳男性は、なぜ息子の妻の首を3度も刺したのか?

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被害者は、法廷別室から声だけで証言した。
その内容が、衝撃的だった――。

「『お前は死ぬんだよ』と、強くはっきりした口調で言われたのを覚えています。このまま殺されるんじゃないかと思った。
もう抵抗できないと、あきらめの気持ちになった。

車から上半身を引きずり出された。首の後ろからのどのあたりまで深く刺されてスライドされるように。
その後は血がドクドク出てきて、生温かい感触が……。

『もうだめだ』と思った。
意識が遠くなり、目の前が真っ白になった」


起訴された罪名は殺人未遂。

その犯行は凄絶だった。


首の刺し傷は計3か所で、頸動脈を断裂した深さ4センチの傷。左前腕部、手の平、手首、左大腿部の裏側にも。加えて電気ショッカーによる傷が4か所あり、3度の火傷を負っていた。
被害者が救急搬送された病院の医師は、「救命できない可能性がある。五分五分」と。
人工呼吸器を装着して、輸血は1.5ℓにも及んだ。一時血流が止まって、脳に後遺症が残る可能性も。

2か月近く入院して、3度の手術。5か月後に再入院して手術したほどの重傷だった。右肩麻痺、左手の痺れなどの後遺症が残る可能性もあり、PTSDの治療も行っている。

被告人の木下良彦(仮名)は、犯行当時67歳。
起訴された罪名は、殺人未遂だ。
2022年7月14日、東京都江戸川区の駐車場で、長男の妻(当時39歳)の首などを刃先8.3センチの折り畳みナイフで何度も刺した。

被害者は、被告人の長男と2011年に結婚。
9歳と3歳の2人の娘がいるが、犯行当時は離婚係争中だった。


証言する前から、被害者の

嗚咽する声が聞こえてきた。


事件のことを思い出して、抑えきれなかったのだろう。
法廷には、証言前から、被害者の嗚咽する声が聞こえてきた。

被害者は「事件の1年6か月前から、別居して実家へ戻っていた。理由は夫のモラハラに耐えられなくなったから」と。

「犯行当日は娘を学校に送り届けた後、駐車場の自動車に乗りました。携帯で話していたら、突然、運転席側のドアが開いて義父が。施錠していて、スペアキー持っているのは夫だけなのに。

被告人は何かブツブツ言ってたようにも思うが、聞き取れなかった。
その後、『孫娘が可哀そうだろ』と言われ、とても強い口調で怖かった。
『何が可哀そうなんですか』と言った」

車外からいきなり電気ショッカーが当てられた、という。
「右わき腹に何かが刺さるような感触があって、すぐに全身にビリビリと電流が流れた。体中がしびれ、エビぞりになり、右腕が動かなくなった。

肉が焼けるような、焦げるような匂いが。
その後、右側が手も足も動かなくなった」

被害者は泣きながら、証言を続ける。
「次にナイフを出してきて、私を刺した。サバイバルナイフのようなもの。上から下に振り下ろすように。
私は自由の利く左手で刃先の部分を持って、押し返すように抵抗した。

左手の平から血が出ました。前蹴りするような形で抵抗したが、被告人は後ろに下がってよけた。蹴りは数回体に当たったが、ナイフを落とせなかった」


ナイフが偶然当たったことは

「絶対にありません」


――もみあいになって、偶然ナイフが刺さってしまったということは? 「絶対にありません」と断言。
――その後、どうしましたか?
「大きな声で『助けて』と叫んだが、これ以上叫ぶと激しく攻撃されるのではと思い、小さな声で何度も助けを求めたが、助けはこなかった」

――1回、休みを取りますか?
「大丈夫です」
犯行当時の絶望と苦痛、恐怖が蘇ってきたのだろう。
嗚咽しながらも、誠実に、精いっぱい伝えようとしている様子が伝わってきた。

「私は元々医療従事者で止血の知識があったので、シートを後ろに倒して体育座りで止血の態勢をとり、助けが来るのを待ちました。
被告人はその場に立っていた」


「娘たちとは、退院する

まで会えなかった」


「(コロナ禍で)娘たちとは退院するまで会えなかった。
『生きて再会できてよかった』と。

入院中は、娘から『ママがんばれ』と書かれたコップをもらったり、手紙をもらったり。リハビリして、なんとか口からモノを食べたり、言葉を発することができるようになった。
家事、育児がとても大変。一番つらいのは次女を抱っこしてあげられないこと。

犯行当日のことを思い出すのが苦痛。今日、法廷に来るのも、ずっと悩んでいた。
被告人に対しては、刑罰をしっかりと受けて、私や私の家族に一切かかわらないでほしいです」

検事側の質問が終わったところで、いったん休憩に。
その後、弁護側の質問などが予定されていたが、再開されることはなかった。

後日、検察官から「医師から、証人は体調不良で難しいとの判断が出された」と。
その後の尋問は行わずに審議することに。
裁判長は「反対尋問はしていないという認識で、慎重に判断します」と。



被告人は、犯行を

全面的に認めた。



被告人は、犯行を全面的に認めた。
「私の行った行為に間違いありません。申し訳ありませんでした」と。
裁判での争点は量刑になった。

被害者の夫はモラハラを認めていない。
妻も不貞行為を認めてなく、離婚係争中だった。
事件の1年半前、監護者権の審判が行われ、娘たちは被害者と同居。
夫や被告人は2人と会えなくなった。

妻に引き渡したとき、長女は「行きたくない」と泣いていた、という。
コロナ禍ということもあり、1年以上会うことができなかった。


孫娘と会えなくなって

夜、眠れない状態に……



弁護人が家族の写真を見せると、被告人はいきなり泣き始めた。
孫たちと写真館で撮影した写真だ。妻に引き取られる直前に、記念にと撮影したものだ。

被告人は、孫娘と会えなくなって、夜眠れない状態に。
生まれて始めてメンタルクリニックに通院し、抑うつ状態の薬を処方された。
原因を作ったのは被害者だと、不満と怒りがあった。

被告人に尋問が行われた。
――どういう家族でしたか?
「仲が良くて、なんでも遠慮なく話ができる家族でした。当たり前の家で育った人からは、そんなに密度が濃いのかと思われるかもしれませんが」
――被害者は、どういう人でしたか?
「働いていることもあって、家事や育児は未熟。
(孫娘の)髪が目に入るほど伸びていたり、耳垢や爪が伸びていたり。予防接種は長い間してなく、母子手帳は紛失したり。

大人が大人を叱りつけるように孫を叱るのが気になった。ただ人間誰しもできることとできないことがあり、得意なことと不得意なことがあるので、マイナスだとは思わなかった」

――被害者に腹を立てていたんじゃないですか?
「それはありません。息子にも悪いところがあると思っています」


被告人は、落ち着いた様子で

淡々と証言を続けた。



犯行に関しても、興奮することもなく、
冷静に、淡々と証言していく。

――なぜ被害者に会いに行ったのですか?
「代理人を立てて、(離婚の)話し合いの最中でした。私が直接会いに行けば話を聞いてくれるんじゃないかと。
(事件の)前日はまったく眠れなかった。うつ状態で、冷静な判断ができていなかった。刺すつもりではなかった」

――話し合いに行くのに、ナイフや電気ショッカーを持っていく必要があったのですか? 
「妻は気が強いので話を聞いてくれないかも、と。机の棚にあるナイフがたまたま目についたので、思わず手に取った」
――思わずナイフを持った、という「思わず」とは、どういう意味ですか? 「思わずは、思わずです。使おうとは思ってなかった。どうして家から持ち出したのか、ほとんど覚えていない」

――電気ショッカーについては?
「電気ショッカーは2、3年前に自分で作った。1回自分で試してそのままに。ビリっとするくらい。
当時はまともじゃなかった。今考えれば、脅して話をするというのは無理だった」

――自動車のドアを開けた後は?
「ダッシュボードの上にナイフを持った手を置いた。被害者から60センチくらいの場所。電気ショッカーを見せながら『静かに』というと、『何、何』みたいな感じて、手を出してきた。
電気ショッカーを1回押し当てた。
ナイフは普通に包丁を持つように順手で持っていた。もみあいになって手に持ったナイフが当たった。血が出たような」

――ナイフから手を離せばよかったのでは? 
「わかりません。もみあいになってからのことは、ほとんど覚えていません。ごまかしていると思われるかもしれませんが、あいまいで……」


「被害者を傷つけようと

行ったわけではないので」


――お前はこれから死ぬんだよ、と言ったことは?
「覚えていません、分からないというのが正確」
――弁護士に「言ってないと思う」と話しましたが。
「(被害者を)傷つけようと(駐車場に)行ったわけではないので」

――被害者が嘘をついていると?
「思い込みでは。後からできた記憶では。
意図的に事実を曲げて発言したというより、意識がなくなったこともあったようですし、そういう認識になったと考えたいです」

確かに、被害者は入院中に意識レベルが混乱したことを証言している。
「入院中はとても苦しくて、フラッシュバックで怖い思いをしました。
医療従事者が自分を殺そうとしていると間違って思ってしまい、とても迷惑をかけてしまいました」
と。

検察官質問の途中、弁護士から感情的なニュアンスの質問に、抗議と要望が表明された。
「内容について厳しい質問はいいですが、口調については尊厳をもって、お願いいたします」と。

――犯行について、今思うことは?
「私の起こした行動の結果であり、被害者を肉体的にも精神的にも傷つけてしまいました。大変申し訳ないと思っています。悔やんでも悔やみきれません。
これまで私は、家族のまとめ役だと思っていました。こういうことをしてしまったので、かえって孫娘たちと会えなくなってしまった」


「15年前から買い物、料理、掃除、

洗濯は、すべて父がやっていました」



被告人は、高卒後、東京都職員として定年まで40年以上勤務していた。
家族思いの人柄だった、という。

弁護側の証人として、被告人の実娘が証言した。
「母は15年前からアルコール依存症で、うつ病も発症。
買い物、料理、掃除、洗濯は、すべて父がやっていました。
父は厳しいけど、川や海、スキーなどに連れて行ってくれる頼もしい存在でした」

「被害者の長女は『ママは何もしてくれない』と言っていた。
兄は『子ども第一なので、離婚という選択肢はない』と」

「被害者に、娘2人を引き渡したとき、長女は『行きたくない』と泣いていた。父も泣いていました。
父は2人のことを、孫というより子どものように可愛がっていた。特に長女は初孫で、小さい頃の私に似ていたので」

「その後の父はやせてきたし、眠れないと言っていた。
ただメンタルクリニックに通っていたことは知らなかった。

犯行当日は次女の誕生会をする予定だった。父は出席しないが、プレゼントに水鉄砲を用意してくれていた」
プレゼントを用意した誕生会の日に、孫娘の母親をナイフで刺したのだ――。


「暴力をふるわれたことは

一度もありません」


――被害者とお兄さんの夫婦仲は? 
「良いとは思わないが、それほど悪いとも思わなかった」
――お父さんから暴力を振るわれたことは? 
「一度もありません」
――お父さんの犯行の原因について、思い当たることはありますか?
少し考えてから「ありません」

――今後については?
「父が社会復帰したら、全力でサポートしたいと思っています」

実娘の証言を、被告人は穏やかな様子で聞いていた。
凄絶な犯行と、法廷の被告人とが、どうしても結びつかない。


110番した目撃者が

犯行の様子を語った。


実は、この事件には目撃者がいた。
事件のあった駐車場から10m離れた隣のマンションに住む若い男性で、110番通報した人物だ。

「ベランダで煙草を吸っていた」という男性は、メガネをかけていて視力は両目とも1.0。

「男性が運転席の女性と会話していました。
内容は分からなかったが、女性の叫び声が聞こえて注視するように。
『助けて』とか『やめて』とか、かなり響くくらいの大きな声でした。
男性の上半身は運転席の女性に覆いかぶさるように。
フロントガラス越しに、右手にナイフを持っていたのが見えた」

――刺す前に、被告人が女性を脅すような仕草は?  
「よく覚えていません。ただナイフの刃先は女性の方を向いていた。女性は足で押し返していた。


「男性は躊躇なく、女性を

3回連続で刺した」


「男性は、クルマの外から躊躇なく、3回連続で刺した。
女性の白い服の左胸あたりからじわじわと赤い血が広がっていた。ナイフで刺されたんだな、と。
この人死んじゃうかも、ヤバいな、と思いました」

――女性が男性を攻撃したことは? 
「ありませんでした。一方的に攻撃されていました」
――男性があわてている様子は?
「ありませんでした」
――手加減している様子は? 
「ありませんでした」

――それからどうしましたか?
「スマホで撮影して、110番通報。住所、現場の状況、犯人の特徴、車のナンバーを連絡しました。
男性は女性が衰弱していく姿を見ていた。犯人と目が合うのが怖かった」


「犯人は、とどめを刺そうと

している」と思いました。



――その後は?
「『とどめを刺そうとしているんだな』と思いました」
――どうしてですか?
「身なりを整えて、ナイフを握り直したので。
男性が右手にグローブをはめてところで、警察官が到着しました」

被告人は、目撃者の証言を聞きながら、動揺した様子を見せなかった。
ときおりうつむいたり、天井を見上げたりしながら、メモを取っていた。

被告人と息子とのLINEには、被害者に対する不満が綴られていた。
「子どもを人質」「モラハラを主張すればいいと思ってる」「子どもたちがかわいそう」「1年待って(面会が)1時間とは」「子どもの権利は?」「反省せず。褒められるのは子どもを産んだことだけ」「ホントに舐めてやがる」「こっちは何の落ち度もないのに」と。
被告人は「息子が自死するのでないかと心配していたので、(息子の)気持ちに寄り添いたかった」と。

被告人を精神鑑定した医師が証言した。
「抑うつ状態だったが、重度ではなかった。
うつ病ではなく、適応障害。行動の連続性に著しい違和感はない。

犯行当日の早朝、孫の夢を見て被害者と直接話し合う必要があると思った。
話し合うには脅迫するしかない、と。うつ状態の影響で視野狭窄(しやきょうさく)状態。
うつ病では自殺念慮や拡大自殺はあるが、今回の犯行とは直接は関係ない」

「被害者ともみあいになった後は覚えてなく、気がついたら血が出ていた、と。その後も覚えていない。解離性健忘との診断だった」
――覚えているのに覚えていないと嘘をついているとは考えられませんか?「断定はできません」

裁判員からの質問には、
「犯行の一連の流れに違和感がない。
被害者に対する不満が原因だと。
本人から直接そう聞きました」


「一時的ではあるが、

強い殺意を持っていた」



2024年3月18日、裁判員が下した判決は、懲役7年

「被害者は、現在も事件前とはほど遠い生活を強いられている。被告人は『傷つける気はなかった』と供述しているが、首の傷は4~5センチの深さで、狭い範囲に集中。3度にわたって刺している。
一時的なものとはいえ、強い殺意を持っていた。
犯行に視野狭窄の影響はあったが、抑うつ状態については、間接的な影響しかなかった」と。

被告人は退廷するとき、裁判員、検察官、弁護人に対して、丁寧に一礼をした。

被告人は、なぜ衝撃的な犯行に走ってしまったのだろうか? 
殺意を抱くほど被害者を憎んでいたとは、どうしても思えない。

被告人が、心情を吐露した言葉が忘れられない。
「孫娘2人には、まだ事件のことをよく伝えていないそうです。
(祖父が母を刺したという)事実を知ったら、どれだけショックを受けるかと思うと……やりきれない。

孫娘たちとはもう関われない、という覚悟はあります。
今年70歳になり、生きて社会に戻れるかどうかもわからない。もし会うことができれば……」

嗚咽しながらの証言の続きは、よく聞き取れなかった。

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